帰ってきた暗黒式雑記群


逢魔ヶ刻

さよならを教えて comment te dire adieu /クラフトワーク /WIN98(18禁) /アドベンチャー
「『スーパーマリオ』って知ってるかい? 狂った話だよねぇ……。幻覚キノコを食べて身体が大きくなったような気になって、花を食べたら火が吹けて……。自分以外の動くものは、みんな敵。お姫様なんてほんとにいるのかねぇ……」

 それを言ったら、おしまいじゃねぇか、バカヤロウ! なぜ、マリオ様の偉大な業績を否定するっ!? あ、いや、そうではなく、かくも虚と実は紙一重。真実は脆く容易く、その裏の姿を晒し出す。ファナティックアドベンチャーノベル「さよならを教えて」、仕切り直しでござる。前回のアレは忘れるように。
 「さよならを教えて」はクラフトワーク謹製のビジュアルノベルである。精神系暗黒青春学園エロゲー進化軸の1つの先端に位置する意欲(異色)作だ。
 主人公は、とある女子校に通う教育実習生。だが、教職の道を歩むことに青雲の志を抱いている訳ではない。彼にとって教職とは、壁であり、枷であり、強迫観念であり、義務である。身をすり減らすような重圧に心身ともに疲れきった主人公は、何かに憑かれたかの如く、夕暮れの校舎をさ迷い歩く。それは癒しを求めてか、それとも狂気ゆえか。そして、彼を迎える幻は救済のへの鍵か、はたまた破滅への扉か。
 全編これ、夕焼けの学校敷地内という開き直りが素晴らしい「さよなら〜」であるが、中身の方もファナティックの看板に恥じない見事な暴れっぷりである。エロゲー・エンターテインメントの方法則内で加工された狂気の見せ方は巧みで、じわじわと受信者側に浸蝕してくる。この世には不快を前提にした快楽が確かに存在する。狂っていた方が楽しい事は多いぞ(?)
 常と異常の反転、その後の有様を平滑に描き切るゲームとしては「既知街2」と良く似た印象を受ける。受けるのです。ただし(あくまで個人的印象にが過ぎんが)狂気の質に違いがあり、「既知街2」の方がより純粋で故に「美しく」、「さよなら〜」の方が混沌としていて「昏い」ような気がする。
 主人公は放課後の校舎をうろついて、5人の女生徒と出会う。それぞれがそれぞれエロゲ的に理由ありなのは言うまでもなく個々のヒロインと接する中でラヴラヴになって双方のトラウマを解消し自己実現を果たしてハッピーエンドに僕も君も一人じゃないのさ現実は楽しい事の方が少ないけれど二人でなら生きていける僕が君の力になるから君が僕を救っておくれ、なんて事に「絶対」ならないのが、このゲームのウリである。
 実際にちょいとベクトルをずらせば、いくらでも「ちょっとイイ話」にもっていけるシナリオ配置を設定して、すかして見せる。最初から「救い」などあり得ない事はわかっているのだが、可能性を思い浮かべてしまう。その上で、見せつけられる奈落の底はより深く昏く、炙り出される自身の脆弱さはより克明で無様。
 自分を慕うもの、自分より弱いもの、自分に似たもの、自分を投影できるもの。圧倒できる存在を求めてしまう弱さ、それを看破される恐怖。恐怖と重圧には耐えがたい。だから逃げる。だが、逃げ切れない。ならば、狂うしかない。しかし、難儀なことに狂ったままではいられないほど、弱いままでいられないほどに「弱い」のだ。この主人公は、ひいては我々は。
 一つの悪夢を終結させて逃げ込んだ先は、帰結的にまた悪夢。この結末を哀れと嘲笑う事は出来ない。だが、憐れと泣く事も出来ない。ただ同じ深淵が己の内にも潜んでいる事実を寂々と感じるのみだ。

 昼と夜の間で時が止まる。終わりのない永遠の夕暮れ時――

01/04/18  代


一周 忌 

今日でサイトを立ち上げてから、ちょうど丸1年になります。

1年……、365日だよ、フフフ……。
いいかげん戦う爪も牙も無くなってきたような気がする……。

ワタシ、チカライッパイ、タタカッタヨ……、ハハハ……。

00/04/15  代


夕焼けニャンニャン

さよならを教えて comment te dire adieu /クラフトワーク /WIN98(18禁) /アドベンチャー
[前回までのあらすじ]
  神心館(元)館長、愚地独歩 教育実習生、人見広介は 深夜の遊園地 夕暮れの保健室で 死刑囚ドリアン 天使の少女、巣鴨睦月と対峙する。だが、彼の身に想像だにしない異変が起きるッ!

 愚地克巳 高島瀬美奈「しっかりしろオッッ! なにやってンだァァッッ!」
 ドリアン 巣鴨睦月「聞こえぬさ、たとえ耳元で叫んでも……。ミスター 愚地 人見はちちくりあっているのさ。彼の脳が造り出した自分の思い通りになる虚像の私とね」
 克巳 瀬美奈「 烈ッ となえ、オマエら、あんなことをやるのかぁ!」
 烈海王 大森となえ「ギャルゲーではない。おそらくは催眠術ッ。『可憐な女の子を陵辱したい』『おにいちゃんと呼んで欲しい』、そう願うゲーマーの心裏の弱みをついて術を施す。ゲーム中のプレイヤーは、こうあって欲しい安易な女性像を造り出し、こうあって欲しい展開をイメージしてしまう」
 克巳 瀬美奈「しかし、その相手は……」
 烈 となえ「そうッ! 実体の無い単に好都合なだけのギャルゲーマーの虚像ッ!  愚地氏 人見は現在、 ドリアン氏 睦月のイベントの中で、仮初の女体を思う通りに満喫しているのだろう。おそらくはこのように!」
 ドリアン 睦月「幕を降ろそう。今見ている夢を現実のものとするために。行きなさい、終わりのこない夕焼けの世界へ!」

 んが、 独歩 人見、畏敬する天使様を木に吊るす。

 ドリアン 睦月「??? ホワイ……」
 克巳 瀬美奈「かかってなかったのか、催眠術にッ!?」
 烈 となえ「否ッ! 解けていないッ。知っているのだ。百戦錬磨のエロゲーマーはエンディングが安易なハッピーエンドではないことなど知り尽くしているのだ。電波とは不条理なものッ。ガイキチとは思い通りにならないものッ。 武神、愚地独歩 心が荒んだゲーマーにとって――
 それがエロゲーなのだ!!」

 我ながら、今回、わけわからんのぅ。だが(大筋では)ウソはないッ……ハズ。すみません。次回、まともなのを書きます。

01/04/13  代


撃って撃って撃ちまくれ

ラリーレイド /TwinkleSoft /WIN98(同人) /シューティング
 おおお、なんかひさしぶりに「シューティング」を遊んだような気がする。ギャルゲーでドス黒く濁ったココロが洗われるようじゃ。誰がなんと言っても、STGこそがゲームの王道、キングオブゲームなのだ。国会で青島幸男が決めたのだ〜! というわけで、やっとこさ「ラリーレイド」の話。
 「ラリーレイド」はTwinkleSoft謹製の同人STGである。初出は昨年冬コミで、現在は同人系ショップでの販売や通販などで入手できるらしい。その価格1200円。安い! デフレ(?)万歳! コレだから同人ゲーム漁りはやめられませんな、御代官様(そりゃ、痛い目見ることもあるが)。全7面構成の縦スクロールSTGで、「その場復帰」タイプ。初期状態では3クレジットだが、フリーまで増えるので腕に自信が無い人でも大丈夫。多い日も安心だ。
 「ラリーレイド」の特筆点は2つ。独特のボンバー再装填システムによる「攻撃」の構成と、敵弾幕の制御による「回避」の感覚である。
 このゲームのボンバーは、アイテムを取得してのエネルギーチャージ制1ストック型。ボンバーを使うと、まずは極太レーザーが堰を切って溢れ出す。ボンバー使用中に倒した敵や敵弾はヒット数としてカウントされ、規定のヒット数を上回る数をマークすればボンバーが再装填される仕組みになっている。つまり、ボンバーで敵を倒せば倒すほど、いつまでもボンバーが撃てる訳だ(規定ヒット数はどんどん上がっていくが)。しかも、敵や弾が多ければ多いほど再装填は容易。ピンチ即ち、これチャンス。攻撃は最大の防御なりよ。よく、デモなどで「そんな事が出来るなら苦労せんわーっ!」的インチキ攻撃を行うゲームが多いが、このゲームは違う。オープニングデモの敵機殲滅がマジで出来る。もうボスなんかドバドバ弾撃ってきてくれないと困っちゃう。さらにスコア倍率のアップもボンバーの使用で行うため、(無論、ただ撃ちゃいいってもんではないが)とにかく高倍率を維持しつつボンバーを使い続ける必要がある。
 昨今、様々な点数稼ぎの中でボンバーは緊急回避の命綱(あるいは厳格に使用ポイントを限定したスコアアップの手段)としての役割が強調され、「使用 イコール 倍率上昇リセット イコール 負け」、すなわち「本当に使いたい時に使えない切り札」である事が多い。だが、「ラリーレイド」のボンバーは、STGの「絶対多数を単機で打ち破る奇跡の可能性」を象徴する決戦兵装としてのボンバーを体現する事に成功している。二段ボンバーの一撃必殺が生む爽快感も抜群だ。
 そして、もう一点。「ラリーレイド」は攻撃重視のSTGであると同時に弾除けが面白い。御多分に漏れず、このゲームの敵機もバカバカ弾をばら撒いてくる。その弾道は自機方向に発射された後、低速で拡散していくタイプである。よって、見た目からは想像できないくらい避けやすい。なんとか耐えていると、必ず逃げ道が開く。ギリギリまで敵弾を引き付けて、一瞬、開いた突破口を縫うように機体を切り返す。弾と弾の間に1本の道筋が閃く瞬間(マジで存在しないはずの線が見えるのよ)の快楽は他に代えがたいものがある。あー、わしは今、戦闘をやっている。見えるっ、私にも敵が見えるぞ!(←ちなみに本当にSTGが上手い人たちはこんな避け方はしません。つーか、追い詰められません。このゲームみたいに「避けれる」ように撃ってくる弾は障害と認識しないのでしょうな)
 「避けて、撃って、壊す」、その結果、スコアが高くなる。STGの主軸要素を手堅くまとめた逸品が入手できる環境に自分があった事を今晩はSTGの神様に感謝しておこう。

01/04/11  代


21世紀のアニメを見ながら

 さくらの季節。世間では進学とか就職とかで色々あるようだが、時間の流れに取り残された人間には関係のない話。ただ、この時期は番組改編期なので、いくつかのアニメが終わった。アニメファンである自分を維持するためだけに見つづけていた、いくつかのアニメについての感想を記す。

○無敵王トライゼノン
 見るからにダメな作品で、最後までダメだった。
 最大の問題点は「スーパーロボット・ルネッサンス」な感じが売りであるにも関わらず、スタッフが「ロボットものなんて作りたくねー」というパルスを発信し続けている所だ。
 で、ロボットアニメという現実から逃げてギャグで誤魔化そうとするんだが、ギャグというのは一見楽に見えるが、実際にはセンスが無いと絶対に出来ないものだから、もう寒い事寒い事。
 結局、最後はSF的な部分で締めようとしたようだが、それまでがそれまでだったから完全に滑っている。SF考証的にも甘いし。
 富士見書房のメディア展開から見て、先にメディアミックス有りきで、作っていたのだろう。むしろこれはメディアミックスの実験として作られたという方がまだ納得する。もし本気で「これで行ける」と思っていたなら、富士見ももうだめだ。

○アルジェント・ソーマ
 本来なら今期の代表作となる作品で、クオリティーの高さは評価されるべきなんだが、ストーリーが何とも難とも。
 基本構造は「エヴァ」で、なんか良く判らん怪獣が襲って来るのを特殊部隊の連中が迎撃する話。こちらの人型兵器は敵の細胞から造ったあたりまでフォーマットどおり。ただし敵の事を「エイリアン」と言うのを始めとして、全体的にオーソドックスなSFの外形を取っている。
 で、この特殊部隊の連中にトラウマ持ちが多いんで、やっぱそういった嫌な人間ドラマになるのかと思って、少しうんざりしていたんだが、どいつもこいつもあっさりそのトラウマを乗り越えてしまった。しかし、こうなったらこうなったで、今度はいつまでたっても反省しない主人公一人がダメ人間として浮いちまって、見ている方としてはかなりイライラさせられた。
 もっとも、ここら辺の人間ドラマとしての部分はあくまで表向きの事で、このドラマの作り手が真に語りたいのは宇宙開発への賛美だろう。そもそもエンディングからしてそれを露骨に見せている。
 だが、実際この話を最初から最後まで見た人間は、むしろ宇宙開発とそこに関わる人間に対する嫌悪を感じるだろう。
 現実がどうかはともかく、この話は最終的に宇宙開発が善だと客に思わせなければならない。なんだが、ここで作り手は「宇宙開発は素晴らしい」という、本来結論として持ってこなければいけない事を前提に持って来てしまった。
 この話に出てくる、主人公をはじめとする宇宙飛行士どもはどいつもこいつも性格に問題がある連中である。作り手の頭の中では宇宙飛行士達はその存在自体が善となっているから、彼らの行動に多少の問題が見られても、それはむしろ「聖者にもわずかに傷がある」といった人間的な面として親しみを持たせるはずとなる。
 しかし、その「宇宙飛行士=善」の図式が無い人間にとって、個々の宇宙飛行士を見たときは、宇宙飛行士とはどういう人種であるのかを判断する段階なのだ。そのため何の予備知識の無い人間がこの話を見たら、むしろ宇宙飛行士と宇宙開発に対しては悪いイメージしかもちえない。
 結局かなり強引に、最終回だけは「やってて良かった宇宙開発」という風に感動的に仕上げたんだが、冷静になってみれば、そもそも災厄の原因が宇宙開発にあったんだから、ただ自分達の尻拭いをやっているだけである。
 私個人、宇宙開発に対するイメージは元々たいして良くなかったが、この話で株はさらに落ちた。
 良い野球漫画とは野球好きだけが読める漫画ではなく、野球なんか好きでもなんでもない人でも楽しめて、場合によっては野球が好きになる漫画ではないだろうか。
 そう言った意味でもう少し上手く客を騙してほしかった。

○地球少女アルジュナ
 21世紀の始まりにこれが存在した事はアニメ史にとってかなり不幸な事だ。
 「アルジェント・ソーマ」も言ってしまえば「宇宙開発教」の布教アニメだったが、このアルジュナはもろに宗教だ。その教義は自然崇拝、と見せかけて自然食崇拝。
 これで、河森正治は宮崎駿になりたくて、信じてもいないエコロジーを唱えた、と言うのならまだ良い。ところが、どうやら本気で玄米食べてれば、みんなが幸せになれると信じているようだ。
 まあ、幸か不幸か、この話、その布教テクニックが稚拙なので突込みどころ満載である。
 主人公は謎の超能力で色んなものが見えるようになった女子高生。食い物の製造過程が見えるようになってしまったので、ファーストフードとかが怖くて食えなくなってしまい、自然食ばっか食っている。で、毎朝トーストとシリアル食っているお姉さんの嘲笑に敵意を燃やしながら、玄米を食いまくる。ここまではいい。
 しかし、その玄米、毎朝お母さんが炊いているんだな、これが。
 客が感情移入しやすいように普通のお嬢ちゃんを主人公にしたつもりなんだろうが、これ見せられて以降、彼女の言う事にはまったく説得力が無くなってしまった。
 他にも特殊部隊のお姉さん(遺伝子的には男らしい)が、「先進国の人間が肉食うのやめたらアフリカの飢えた子供達が……」的な事を言うんだが、見ている方としては「あなた方が乗りまわしているヘリを一機造る金があればアフリカの飢えた子供達が……」てなことを言いたくなる。
 まあ、このオネニーさま最大のヒットは自分の部屋に主人公を泊めて説教した時だ。「人間が生きていくのに本当に必要な物なんてたいして無い。だから物欲を捨てろ」みたいな事を言うんだが、その時その部屋には山のように本が積まれているんだな、これが。「これだけの本を作るのにどれだけの木が(以下略)」
 最初から最後までこんな調子だから、ある意味楽しませてもらいましたが。
 「自分よりも高い教育を受けた者を改宗させる事はまず不可能」という言葉はおそらく真理だろう。
 そういう訳で、(オタク的に)高い教育を受けた身としてはこの程度では改宗させられないのだよ。


 90年代後半はエヴァがぶちまけたモノを業界全体で片付けていたが、それも2000年に入るころには片付いてしまい、去年の秋から始まった幾つかの番組を見ていると、特に語りたいメッセージがあるわけではなく、とりあえずスポンサーと製作会社が生き続けるために何でもいいから話を創っているという感じだった。
 こういう時こそ、プロフェッショナリズムなエンターテインメントを創るべきなんたが、(マニア向けアニメでは)小難しい話作るのに慣れ過ぎて、創る方も見る方もテーマがないとストーリーを考えられなくなってしまったようだ。
 そんな中で、簡単な答えとして宗教に行くのはまあ、必然なのかもしれない。間違いなく、後で後悔するんだが。

01/04/07  東


Dodgeの料理(?)ショー

SUPERじゃがばた〜 /ResumeならびにセブンスヘブンMAXION /WIN98(同人) /シューティング
 ぶっちゃけた話、STGってヤツは敵に当たらんと、弾撃ってりゃええわけでござる。ところが、この「敵に当たらん」と「弾を撃つ」のどっちがより重要か、と問われれば、コレがけっこうな難問。シューティングと言うからには弾を撃つ方がメインの気もするが、必ずしもそうとは言えなかったりする。STGは自機を動かすのが面白いのか、敵を撃つのが面白いのか。
 そこで、この命題の検証材料として1本のゲームを取り上げたい。その名は「SUPERじゃがばた〜」(やっぱ、「スパじゃが」でしょうか)。セブンスヘブンMAXIONResume製作の同人STGである。
 「スパじゃが」は全6面から構成されるオーソドックスな横スクロールSTGで、システム的な特徴は格闘ゲームのようにゲージを溜めてボンバーを使用する程度である。良くも悪くも「同人らしい」STGなので硬派シューターを自認する人は手を出さない方がお互いの為ではあるが、8→16ビット期のB級ノリSTGが許せる人なら楽しめると思う。要するに基本はダラダラ撃ち系のゲームである。
 特筆点は、見た目、性能ともにキテレツな自機キャラが多い事。その数、9+α人。「タイヤキ」とか「しゃもじ」とか人でない奴もいる。「スパじゃが」の自機は性能で大きく2つに分けられる。すなわち、前方にまともに弾を撃つ奴と撃たない奴だ。まともに弾を撃つ奴はいい。一度、ショットレベルを上げてしまえば、あとは事故でも起きない限りクリアできる。ほんとうに飛んでくる敵を叩くだけの七面鳥撃ちだ。全キャラ中、最強は文句なし「しゃもじ」で、こいつに至ってはパワーアップの必要すらない(弾の方向がV→Y→Xと進化するので初期状態でも前方攻撃能力が変わらない)。
 問題はまともに弾を撃たない(弾数が極端に低い奴も含む)連中だ。世のSTGの中には「あてにすると全く役に立たんが、あてにしないと役に立つ」サブショットが存在するものがあるが、「スパじゃが」非連射組の「メイン」ショットはまさにコレである。超絶的に頭が悪いホーミング弾が画面内に3発とか、貫通弾が単発とか、主武装として素薔薇しい事この上ない。オプションのショットはたいてい連射弾だが、ほとんどのキャラが何故か後方ショットである(ちなみに、このゲームでは後ろから敵は出ない)。
 敵は画面内を上下に波打つような軌道で飛んでくるものが多く、貧弱な武装では捌ききれない。撃ちもらした敵はオプションのバックショットで始末するより他になく、畢竟、画面中央やや後ろを基本ポジションにした乱戦を行わざるを得ない。最低限の火力で突破口を開くために倒せる敵だけを無駄なく確実に撃破しながら、周囲の敵群をやり過ごし、自機を襲う敵弾を回避。全編が他のSTGのパワーアップを落とした状態での耐久プレイのようだ(元の難易度が高くないので、それでも何とかなってしまうのだ)。ベイベェー、逃げるんだぁあーっ!
 はっきし言って、しんどいっす。やってらんないっす。血を吐きながら続ける哀しいマラソンっす。が、前方連射組より非連射組の方が密度があるゲームになるのよね、これが。手段の為には目的を選ぶなという事か。現状では、STGからは「回避」の快感の方が容易に見出せるような気がする。無論、緊張感と爽快感では、爽快感を重視させて物を作る方がより難しいという事実もあるので断言は出来んのじゃが(あと、STG者の人格傾向とか)。結局、過程を重視する人は「避け」に、結果を重視する人は「撃つ」にウェイトを置くのでしょうな。
 まぁ、「ロールプレイをしなくてもRPG」とか「冒険でなくてもADV」とか、名が体を表さんのもゲームジャンルの常か。あーそういや、「ドッジボール」は逆に、球から逃げんのより、相手に球を当てる方が普通はオモロイね。

01/04/05  代


四月バカ

 せっかくのエイプリルフールなので、何かウソをつこうと思ったのですが止めておきます。
 だって、わたし、ウソなんてついたことがないんですもの。
 人間、正直が一番ですよね。
01/04/01  代
 と、これだけでは、アレなので、ちょいと追記。
 ウインドウズの同人STG「ラリーレイド」TwinkleSoft)がイイ感じでござる。まだ完全クリアしていないので、本格的にネタにするのは控えますが、コレはいいものよ。
 現在、アキバのメッセサンオーで1200円。聖地巡礼の機会があったシューターは、また無くならんうちに買うが吉。

01/04/01  代


スプリング ハズ カム!

さくらの季節 /ティアラ /PC−98(18禁) /アドベンチャー
 春です! 桜が満開です!(満開でない地域の方は御了承) 新しい季節の到来です!
 街のあちこちに淡く色づく桜の木々が見受けられます。その柔らかく透き通った色彩を目にすると、「冷酷、冷血、冷徹」をよしとする悪魔超人の私も、ドス黒く濁った心が癒されていくような気がします。ほんの一瞬じゃがな! イーッヒッヒッヒィーッ!(←メルヘンだいなし)
 いや、拙者の性癖はこの際ともかく、せっかくだから時節柄にあったゲームのお話。よって、今回のネタはティアラの「さくらの季節」でござるよ。
 「さくらの季節」(同名マンガとは全く関係ありません)は96年に発売された98用ADVだ。ウインドウズ版もあるが、DOS→ウインドウズ移行期の移植ゆえ、どうも操作性などに難があるらしい。昔のゲームゆえ、コマンド総当り型の一本道ADV。セリフ選択などでギャルの好感度を調整し、最終的に誰とくっつくかを決める。システム面ではオーソドックスこの上ない形式である。
 ゲーム期間は1年というか、だいたい1ヶ月ごとに1話として全12話程度。体育祭や臨海学校など、個々の月のイベントを追いかけていくような感じだ。要するに「♪1月は正月で酒が飲めるぞ〜(以下略)」なアレ。主人公が高校に入学した春からスタートし、翌年の春までを描く。
 んで、あたり障りのない話はここまでで、本作の(第一の)特徴ですが、ズバリ「教えて著作拳」です。ようするに出てくるキャラというキャラの顔と基本性格が、どっかで見たようなヤツばっかなのよ。メインヒロイン3人娘は「レイアース」で、クラスメート×2は「セイントテール」で、あと「エヴァンゲ」(もう1人は出自がわからん)。いちいち説明せんでも、そのキャラがどういうヤツか一目瞭然のあたり、巧い手だと言えよう、一度だけなら(ちなみに二度目もあった)。んが、世の中にはここらへんが道義的に許せない人たちも結構いるようです。ついでに言えば「あのアニメキャラが、あ〜んな事やこ〜んな事を」を期待しても痛い目を見ます。だって、エロゲーとして殆ど機能してないもん。
 では、「さくらの季節」とはどういうゲームなのか? その実態は嬉し恥ずかし「学園青春マンガ」だったりします。♪青春それは〜(←それは青雲)
 主人公、山神修司は生まれつき卓越した運動能力を持つギリギリ常識レベルの「超能力者」である。ゆえに周囲から孤立してきたという超人としての悲哀を持つ。が、高校入学を機に修司は、異能者である彼を認めた上で受け入れてくれる友人を初めて得る。同じ時間を共有できるかけがえのない仲間たちとの日々の中で与えられていくものと、それに応える意志。1年間というパズルにはめ込まれていくピースの数々はどれも眩い輝きを放ち――
「私の思い出の中には、いつも貴方がいるの」
 なんとベタベタな……。おもいっきし、20年前のマンガである。現実との乖離が過ぎて、ファンタジーですらありえなくなった美しい記憶がそこにある。「さくらの季節は」は、この純粋過ぎる骨子を既存キャラのパロディーというオブラートをかける事で上手く消化している。
 実際の話、プレイヤーと同一存在である事を放棄した主人公像(厳密にはそうとも言えんが、ややこしくなるので今回はパス)は「他人のドラマ」としての鑑賞法を余儀なくさせるし、シナリオの必然で現れる元ネタのキャラとの性格の齟齬はパロディーの質を下げていると言える。おそらく、このゲームを真に楽しめるのは「元ネタについていけるが思い入れがない」人間のような気がする。だが、このある種のいいかげんな寛容さを持つ人には、「さくらの季節」は「借り物のキャラクターによるB級ADV」以上の価値が見出せるかもしれないし、見出せないかもしれない。
 キャラの好みはまた別の問題だが、魔法騎士3号(のような女)とくっついて野球部に入るエンディングが一番、好きだ。
「さくらの季節が終わり、俺たちの夏が始まる――」
 名文だと思うぞ、コレは。

01/03/31  代


ふるさとは遠きにありて想うもの

 世間一般的にはどうでもいい話ではありますが、今週の「ラブひな」については、郷土愛に燃える(笑)男として一言、言っておかねばなりますまい。

「赤松センセイっ! 盛岡に海はありませんッ!」

 地図を見ていただければ御分かりと思いますが、盛岡市は岩手県のド真ん中に位置するバリバリの内陸地方でございます。また、岩手県は単一で四国4県に匹敵する面積を持ち、沿岸部と内陸部の間には北上山地が聳え立つので、どうがんばっても盛岡から海は見えません。盛岡から三陸海岸まで出るには、電車やバスなどの手段がありますが、どれも3時間程度を要します。
 かてて加えて言わせていただければ、「小岩井農場」は盛岡市にあるのではなく、車で1時間弱の距離にあります。全力疾走で往復するためには、ガンダムファイターやヘッドライナー程度の脚力が必要と思われます。
 岩手銀行支店から盛岡八幡宮(改築後)までは良かったんですがねぇ。
 さらにやかましい事を言えば、2階建て新幹線というからには、おそらく「ウルトラスーパーMAXやまびこ」でしょうが、こいつには食堂車がありません。仙台→盛岡間は1時間を切るので、個室で寝ているような余裕はありません。盛岡城址(地元民はむしろ不来方城と呼びます)の、あのコマのポイントは道路のすぐ横で、あんなに広くありません(石垣を見る所です)。ゲーセンは、まぁいいや。駅→岩手公園(不来方城址)→八幡宮から考えられる範囲のまともなゲーセンって、セガとタイトーの直営店がほとんどなんだけど(笑)。

 細かい所はちゃんと資料にあたったのに肝心の所で豪快に空振りしているのが痛かったですね。「バオー来訪者」は逆に細部は突っ込みドコロ満載ですが、大筋がパーフェクトなので岩手県人ならニヤリなんですが。ちなみに「六三四の剣」みたいに正確が過ぎるとムカツキます。

 それはともかく、いいトコロなので、みなさん、一度いらしてくださいね(笑)。

01/03/29  代


あかん、なんも思いつかん

 今日はどうにも頭の中に神様からの電波が降りてきません。
 どうして、みんな、毎日更新(交信)できるの?

 それはそれとして、先日、さるルートから「猪名川でいこう!」(リーフ)を入手しました。目的は今更ながら「ナイトライター」をやること。ほんで、一部を除き、一通りディスクの中身を見たのですが、「ゲーム(この場合は18禁もの)には、評価対象として普段あんまし話に出てこない部分がやはり大切なのである事よ」と再認識した次第であります。キャラクターやシナリオや音楽だけじゃ表現できない事って、たくさんあるものなのね。やっぱ、この点、大メーカーは流石だわ。屋台骨がしっかりしてるって素晴らしい。どんなネタをやるかじゃなくて、誰がそのネタをやるかが重要なことも確かにあるもんじゃ。
 でも、「こみっくパーティー」のノリには、おじさん、ちょっとついていけなかったなぁ。オタクのカリカチュアの具合が性に合わんつーか。まぁ、こっちの受け取り方が悪いんだけどね。
 そう言えば、「誰彼」って、ほんとうに面白くないんでしょうか? 雑誌の記事とか見ていると、なんでこんなに叩かれているのか、よくわからないんですが。「アレとかコレには満足しているのに、なんでダメなの?」って感じで。それとも、スクウェアがドラクエ派から嫌われているようなもんなんでしょうか? 「雫」「痕」でないとリーフはリーフとして認識されないのでしょうか?
 ちょいと話はズレますが、先日、ネットで興味深い発言を見ました。あちこちで「『月姫』は『痕』みたいだ」「『痕』が好きな人なら『月姫』もやって欲しい」という意見があるのを見た、ある「月姫」ファンの方が、せっかくだからと「痕」も遊んでみたが、その人には「痕」は全然面白くなかったそうです。
 この意見を見た時は、「おいおい。同高度ショットと低高度ショットが共通点だからといって、『レイフォース』と『ゼビウス』で単純比較は出来ねぇだろ」と苦笑したのですが、考えてみれば、似ていると言っている方も違うと言っている方も単純にジャンルや話の構造の共通の是非を問うているのではない訳で、では双方何を以って、似ている・いないを判別しているのか? ここらへんをハッキリさせることが出来れば、「リーフビジュアルノベル」とはなんだったのかが見えてくるような気がします(いや、答えは一言で済むのですが、それではあんまりな)。

01/03/27  代


月月に月ある月は多けれど月見る月はこの月の月

閑話 月姫 /TYPE−MOON /WIN95(同人) /アドベンチャー
 今回、例によって例のごとく、これから「月姫」を遊ぼうと思っている人は読まないほうが吉でござるよ。

 先日、やっとこさ「月姫」のおまけディスクを入手、読了した。よく考えてみりゃ、これって1月中旬に出たんだよな。冬コミ終了から間をおかずに、こういう物をさっと用意してしまうあたり、すごいちゅーか、なんちゅーか。収録されていたおまけシナリオ×2もイイ感じで、相変わらずお買い得度抜群である。まぁ、琥珀姉さんの「行為に行為で答えてもらおうと思うこと自体、オコガマシイっていうのに。容認と肯定では与える印象がまるで異なるわ。批判は楽でいいわよね。うふふ。お金も時間もかからないし、何より気持ちが良いもの」というセリフは耳(胸でも可)に痛かったですが(笑)。

・「幻視同盟」
 おまけシナリオ1本目(というかメイン?)は、本編から2ヶ月後のちょっとした事件のあらましである。見所は、本編主人公「遠野志貴」の正面から見た御尊顔。今、明らかになる直死の魔眼の実態! 諸国大名は弓矢で殺す、七夜の倅は眼で殺す(あとナイフも使う)。ところで、彼の高校の学ランの色は黒なんでしょうか、白なんでしょうか?
 ストーリーは、ちょっとした未来視の能力を持つ新キャラ、瀬尾アキラ嬢が月姫一味(笑)に参入するくだりを描いたものである。話、というかテキストのキーになるのは「違和感」であろうか。オチやギミックの中で組み込まれている違和感のバランスが秀逸に感じる。結末への伏線として現れている事象の食い違いは、先を読まずに素直に物語を追ってラストまで辿り着いた者、文章から結末を予想しながら読んだ者の双方が納得できるような配分になっており、読み物としての進行を阻害しない。このあたりのセンスの良さは流石の一言である。
 また、そもそもおまけシナリオがきちんと成立する事自体が賞賛に値する。完成された世界像をもって構築されたゲームに、後から新規の要素を破綻なく追加(足りないものを後から加える行為とは全く別物である)できるという事は、ゲームそのものの器の広さと確かさの現れであるからだ。そういう意味でも「月姫」は「勝利の鍵」をしっかりと内包しているゲームである。
 そういや、アルクェイド、正ヒロインなのに「またしても」出番無かったアル。

・「げっちゃ」
 もう1本はメインキャラ(女のみ)での座談会。「げっちゃ」は「月茶」だそうですよ。しかし、こういうのは、いかに本編で丁寧にキャラクターの性格立てをやったかに尽きますなぁ。前提が出来ていれば、何やっても面白くなるし。「月姫」の場合は全員が顔を合わせると(一部除き)「みんな仲が悪い」のがオモロいですな。しかも冷戦状態。

 まったく話には関係無いが、キャラクターの勢ぞろいを見ると、この面子で麻雀をやったらどうなるかをなんとなく想像してしまった……。こんなんか?

アルクェイド:山から好きなだけ役を作るための牌を調達できる。夜間の麻雀ではトビという概念を持たない無敵の雀士。唯一の弱点は、一度でも鳴くと吸牌衝動が抑えられなくなり、手とは全く関係なく相手から牌を取りまくるようになる事。

シエル:黒牌を投げつけて相手を攪乱する(抉り込むように撃つべし、撃つべし)。敵の当たり牌に第七聖典を撃ちこんで和がりを完全阻止(ファイアーせっかん?)。また、失った点棒が勝手に再生する。

秋葉:紅赤朱の靄が場を包んで卓が紅く染まる。敵の視界が鈍った状態で、伸ばした髪の毛がイカサマをやりたい放題。奪った牌は気化するので証拠も残らない。

琥珀&翡翠:双子ゆえのコンビ打ち専門。狙う手は当然、七対七。場の途中で中座して、こっそりと入れ替わったりもする。

 おぉ、なんかいけそうじゃねーか。←んな、アホな。

01/03/23  代


3月「18」日の日記

 もう二日前じゃ、という話はさておき、日曜の話。予定では昨日書くはずじゃったんじゃよ。(←それでも1日遅い) ごめんなさい。月姫のおまけディスクが終わったら、マジメに更新します。

 日曜の朝は決闘からから始まる。ヤツの名は、ジャポニカ王子。(たぶん)アラブのどこぞの小国の王子である(何故に「アラブ」なのに「ジャポニカ」なのかは謎だ。まるで「共産党のプリンス」のようだ)。ジャポニカ学習張の宣伝キャラであるヤツはテレビの視聴者に往年のサザエさんの如くジャンケンを挑んでくる。目下の彼奴との戦績は1勝3敗2引き分け。いまいち分が悪い。だが、今日こそ、星を五分にしてやるぜ!
 と、思っていたのですが今週は寝坊したのでテレビを見ませんでした。ふっ、この勝負、しばし預けたぞ。←世間的には不戦敗。

 ま、それはともかく。
 ちょいと思い立ってサンシャインクリエイションに行って参りやした。
 家を出発。うぅ、寒い。もちっと厚着すりゃよかった。んで、会場に到着。うぅ、暑い。もちっと薄着すりゃよかった。立場は逆だが、南の国から日本の動物園に連れて来られた動物はこんな気分になんのかねぇ。
 まずは第一目的の月姫PLUS DISCをゲット。並ばずにすんだのでラッキーでござるよ。しかし、ここまでの道のりは長かったのぅ。これというのも1月のサンクリの時に雪なんぞ降りやがって、電車が止まりやがるからじゃ。
 その後、ちょいちょいと会場を見てから、TYPE−MOONの武内さんに挨拶に伺う。そこで「月姫大王」(侠の園)という同人誌を教えていただき、買いに行く。「ライガ(琥珀)とフウガ(翡翠)」がツボにはまって爆笑。しかし、この手のネタものを原作者が自らが「スゴイ面白い」と教えてくれるとは。お目にかかる度に思うが、武内さん、貴方はなんて度量の広い人だ……。

 せっかくだから、聖地を巡礼して帰る。日曜の午後にしては今回のアキバは空いていたような気がした。なんかあったのだろうか。今回の獲物は同人系音楽CD「Legendary Wings」(HIGHWAY FORTRESS)。「Air」や「アトラク=ナクア」などのアレンジCDである。「悪魔城ドラキュラ」と「Kanon」の融合など聴きドコロ多し。じゃが、「こういう」アルバムタイトルをつけたからには「サンダーフォース」アレンジの鍵BGMとかが欲しかったナリよ。

01/03/20  代


マーブル・ファンタズム

風のクロノア door to phantomile /ナムコ /プレイステーション /アクション
 来週にはPS2で「風のクロノア2」が発売される。新ハードを得て、格段に強化されたビジュアルと、さらに磨きをかけたアクション性、前作の内容を踏襲した上で隙なく構成されていると予想される物語。おそらくは、これを遊ばずしてゲーマーを名乗ることなかれ、と言うべき逸品に仕上っているのは予想するに難くない。……だが、それでもこう思わずにはいられない。
「このゲームだけは続編を作って欲しくなかった」
 もしも、このゲームのエンディングが「ああでなかった」なら、こんな事は思わない。たぶん、オレが自分が見たいものを勝手に見た結果の誤読であり、勝手な解釈である事もわかる。だから、これはただのわがまま。いや、むしろ「あぁ、ナムコ様。私が浅はかでした。『クロノア2』最高です」という結果になれば言うことはない。だが、それでもオレは「風のクロノア」は「再び巡り来ぬ、ただ一度の夢の物語」であって欲しいと願っている。

――そして、ぼくは不思議に思う。
 あさ、目がさめると確かに見たはずの夢が思い出せないことがある。
 その夢はいったい、どこに行ってしまうのだろう?
 でも、その日の夢は、
 鏡を見るようにはっきりと覚えているんだ――

 「風のクロノア」をナムコが発売したのは97年12月。現状のハード性能ではリアルを追求すればすれするほど、現実とは似て非なるものが出来上がってしまうことに、いいかげんみんな気づいた頃、それは中程度の注目を浴びて現れた。渾身のポリゴンワークによるファンタジックなフィールドをハイレベルで構築。現実世界の紛い物ではなく、「ファントマイル」というもう1つの現実を画面上に完全再現すること。実際にはありえない空想の世界を真摯に表現した結果、「風のクロノア」は逆説的ながら「もっともリアルな」ゲームとして存在足り得た。我々は、このゲームに向かう時、画面の前でパッドを操作するのではなく、確かにファントマイルの地を跳び、駆け抜けていた。それは幻ではない、なかったはずだ。だが、しかし――
「僕はこのゲームを二度と起動する事はないだろう」
 どこかで読んだ「クロノア」についての言葉である。全く同感だ。無論、一度やれば充分だからではない。一度だけ体験すべきゲームだからだ(当然、建前です。完全クリアまでやったし、エクストラビジョン制覇の為に血眼になって塔を登りました)。
 オレはクロノアの冒険全ては、誰か(自分でもいい、というかそっちの方が正しいのだが、さすがに恥ずいわ)の一夜の夢だと思う。偶然も必然もなく、たった一度だけたまたま見た夢の中で、オープニングからエンディングまで通して、胸躍る冒険の夢を見ていたのだと。であればこそ、ゲーム冒頭の「その日の夢は――」のモノローグが生きてくる。だから「夢見る黒き旅人」(これについても解釈はいろいろあろうが)と呼ばれるような特別な存在としてのクロノアは見たくない。そして、同じ夢を二度と見る事は出来ない(たとえ夢の内容を好きなように変えられたとしても、目が覚めた時には「同じ夢を見た」と認識するのだから厳密には同じ夢という訳ではない)のだから、ゲームの真価を知るには一度でいい。
 エンディングにおいて、クロノアは自分が自分の見ている夢の中にいる事を知らされる。確かに存在していたはずの過去も記憶も儚い幻に過ぎない。そして、近づく目覚めのとき。怖い。これは怖い。胡蝶の夢のように「どちらが真で、どちらが偽なのか」ではなく、一方からの明確な否定を受けたのだ。しかも確実に楽しいと判っている方から。自己を確立していたものを全て失って、ファントマイルからの「帰還」を余儀なくされゲームは終わる。
 けれども、もし目が覚めた後でも憶えている事があるのなら、それはファントマイルの全てがウソではなかった証拠になる。僅かでも残った真実は、もう一つの現実で前に進む力になる。決して再び巡り会うことのかなわぬ世界であればこそ、ただ一度の邂逅の記憶がかけがえのない「オンリーワン」になる。
 きっと、「再生の歌」が響くのはファントマイルの世界だけではない。

01/03/17  代


歪み

 なにかがちょっとズレると、予期しない結果が起こるものだが、ちょっとズレただけなのでおかしいならおかしいなりに事態が進んでしまうというお話。

>オレの歌を聴け
 先日、近所のショッピングセンターにラジオの公開録音で影山ヒロノブと遠藤正明が来るというので、買い物ついでにちょっと見に行った。んで、遠くの方から、ぼけ〜っと眺めていたのだが……。
 会場には100人ぐらいは人が居ただろうか。だが、予想していたほど「大きいお友達」はおらず、買い物帰りの親子連れ(しかもガキは3〜4歳ぐらい)が大半。見るからに「ショッピングセンターのイベント」である。
 さて、公開録音が始まり、颯爽と現れる影山氏。まずは「ドラゴンボールZ」の主題歌を熱唱。 ♪ひっかる、くぅもを突き抜け、フラぁイ、アウェイ〜! で、客席にさっとマイクを突き出す。すると後ろの方に居た少数の大きいお友達から、か細く「♪ふらぁい、あうぇい〜」。
 あぁ〜、やっぱし〜。もはや、今のお子様では「ドラゴンボール」はわかるめぇ。なんだかんだ言って、終わってからけっこう経つし。大きいお友達がもっとたくさん来ていれば、話が違っただろうに。
 続いて、遠藤氏が登場し、「ガオガイガー」を歌う。で、やはり客席にマイクを出すが、今度は大きいお友達からもリアクションがない。そりゃ、あの状況で大声で「♪ガガガ、ガガガ、ガオガイガー!」と歌えりゃ、それだけで勇者だわ。
 その後、二人で「エクスドライバー」「ギア戦士電童」などを歌うが、前の2曲でもダメだったんだから、これでは結果は推して知るべしである。マジな話、ダレたお子様が騒ぎ出したりしなくて、本当に良かったよ。
 一応、断っておくと決して盛り上がらなかった訳ではない。(事前の注意があったとはいえ)終始、手拍子や拍手は大きかったし。だが、主催者と出演者、客のイベントに対する思惑が微妙にズレまくった紙一重な時間であった。
 価値観の相違ってヤツは、たとえ僅かでもムヅカシイネ。


>ソー ビューティフル シューキョー ライフ
 あぁ、また「ガオレンジャー」観てしまった。そこで、今回はこの恐ろしい番組の検証を行いたいと思う。例によって、マジメに「ガオレンジャー」が好きな人は読んではいけません。

 百獣戦隊ガオレンジャーとは、パワーアニマルと呼ばれる謎の機械獣を崇め奉るエコテロ系カルト集団「牙吠教」の実動部隊の通称である。彼らは聖戦士であるがゆえに俗名を捨て互いをホーリーネームで呼び合う。
「今までの名前は捨てろ。オレはガオイエロー。お前はガオレッド」
 支給されるユニフォームには各々のホーリーネームがプリントされている。どういう理屈で動いているのか判らん携帯電話で連絡を取り合うがネットには接続出来そうにない。
 彼らの指揮権を握っているのは、大自然のブラザーと交信可能(と主張する)な巫女である。目が思いっきりあっちの世界に逝っちゃってるので、マジで怖い。この女の特技は「コンセントを握るだけでテレビを映す」事で、テレビに室内アンテナ等が無かったところから見るに電波も受信できるらしい。まるでテレタビーズだ。
 現時点でガオレンジャーの構成人員は5人であり、カラード特性「赤」を見込まれて強制的にリーダーにさせられたガオレッド(動物の心が読めるが、人間の心は上手く読めない男である)が一番の新参である。人間関係はあまり普通とは言えず、男同士では黄×赤、青×黒の間で奇妙なラブラブ光線が飛び交っている。だが、男女間では浮いた話が全く無く、ある意味でとても健全な集団と言えよう。
 牙吠教の活動目的も活動内容も「オルグ」と呼ばれる謎の怪人の息の根を止める事であり、そのためには手段を選ばない。さらに教義にそぐわない(コミュニケーションが困難な)相手の権利を全く認めない反社会的組織の性格も持ち、「勝手に相手に心が無いと判断」したり、「寺に不法侵入した挙句、敷地内の祠に祭ってあった御神体と古文書を強奪」したりする。
「心が読めない! 動物の心ならわかるのに」
「だから言っただろう。オルグに心なんてねぇ!」←その後、5人がかりで惨殺。
 また、牙吠教は布教活動を行わない。件の巫女が受信した電波に従って、「見込みがある」と判断された者を拉致して構成員を増やす。その手段とは相手の隙を見て鳩尾を殴打、気絶させてかっさらう事である。その後、俗世から隔離して奉仕活動を強要するのだ。
 最初の犠牲者はガオイエローであり、彼は1年ほど前に(おそらくは巫女本人の手によって)殴られて拉致されたと推測される。さらに推測するに、彼だけ髪の色が違うのは別に染めているわけではなく、半年ぐらい監禁・洗脳されたショックで色が抜けたと思われる。あとは彼が、半年後にホワイトとブルーを、10ケ月後にブラックを、そして先日レッドをぶん殴って拉致ってきた(しかも、レッドに関しては白昼での大胆な犯行である)。
 次は君の番かもしれないっ!(ビシィッ!)

01/03/15  代


サムライ・フィクション

二重影 /ケロQ /WIN95(18禁) /アドベンチャー
 近年、時代劇では視聴率が取れなくなっているらしい。新聞にはその理由として、アニメや漫画を見て育った若い世代は時代劇のノリになじみがなく抵抗を覚えるからと書いてあった。んな、アホな。きちんと漫画読んでアニメ見て育った奴なら、むしろ時代劇が好きなはずだと思うがのぅ。だって、おもろいフィクションならなんでも歓迎なんでござるからして。みんな、もっと時代劇に目を向けよう! お箸の国の人だもの。そこで今日は数少ない「本格派」(注意:拙者、「一番好きな時代劇は?」と問われれば、「映画『激突 将軍家光の乱心』です」と答える邪教徒なので、あまりマジメに受け取らないように)の時代劇エロゲー、ケロQの「二重影」のお話。
 時は寛永17年(1640年)。江戸初期。判り易く言うと「沢田研二が千葉真一と戦った頃」である(全然判り易くない)。舞台となるのは、謎の島「淡炎島」。住民が全て双子、しかも一方は水蛭子の呪いによって骨が無い赤子として産まれるという呪われた島だ。島に伝わるという儀式が進む中、島を海賊から守る名目で集められた用心棒が次々と骨を失って怪死を遂げていく。無論、カルシウム不足などというオチではない。この島には秘密がある。神代より受け継がれた島の謎を巡り、陰流の流れを汲む剣士たちの戦いが始まる――。っかぁ〜、辛抱たまりませんな。インチキ時代劇バンザイ!
 主人公、二つ影双厳はベルギーに渡ってベルギーワッフルの店を出すことを夢見るスーパーウルトラセクシィサムライだ(実はウソは言ってないぜ、うむ)。陰流オリジナルの愛州陰流の使い手であり、愛州移香斎の弟子の娘の弟子(ややこしい)にあたる。2つの影を持つ「二重影」の呪いをかけられており、本体を乗っ取ろうと暴れ回る影を押さえ込みつつ人斬りロードを驀進中だ。
 物語は双厳が自分の呪いに何らかの関連性があるのではと睨みをつけ、淡炎島に渡るところから始まる。ゲーム自体は、ほぼ一本道のADVで、コマンド総当り的にシナリオを進行させていく(戦闘時は制限時間内に正解の選択肢を選ぶタイプになる)。どの女が最後のヒロインになるか程度ではあるが分岐もある。
 ノベル型とウインドウ型を併用しており、描写や思考はノベル型で、実際のセリフはウインドウで表示される。一応、双方の利点を上手く活用しているが、世の中には切り替えがウザいという意見もあるらしい。
 ちなみに、ゲーム開始からオープニングムービーまでは本格時代劇である。ムービーでは野郎が出てくるまではテクノ暗殺剣・インチキ時代劇である。んが、女が出てくると、これがとたんにギャルゲーになる。この落差はでかい。知っていてなお、目が点になる。いくらなんでも男と女で絵が違い過ぎじゃ。あー、テーマは「両義性」だから、これでいいのか?(注、たぶんよくない)
 とはいえ、拙者の中では「二重影」は紛れもなく時代劇に分類されている。数々の本朝文学を下敷きにし、新陰流の薀蓄(西江水の解釈がすげぇ)を交えた重厚なシナリオが日本人のDNAに突き刺さるのだ。魂の波長が合えば、「ギャルの外見」とか「文体の統一が変」とかはどうでもいい。あ〜、慣れただけだ? よいではないか、よいではないか。
 そして、「二重影」は可能性の物語でもある。
「登る太陽は希望。沈んでしまった太陽は可能性」
 最終日、二重影暴走後のストーリー(ここの演出手法はビジュアルノベルの醍醐味の1つだ)は必見。それまでの謎解きとして現れていた諸要素と伏線が一気にテーマ性を帯びて表現されていたことに気がつく。呪われて生まれ、死を祝福される人間が生きていく理由。生と死の両義性の中で自らが自らであるための力。
 人に会っては人を斬り、鬼に会っては鬼を斬る。
 命のやり取りって奴はいつだって、神に預けた命を自分の手に取り戻す行為なのだ。

01/03/13  代


終末の過ごし方

天外魔境U 卍MARU /ハドソン /PCエンジン /ロールプレイング
 ありゃー、気がつけば「サクラ大戦3」、発売間近でやんの。特に問題なく順調に完成してしまったのう。発表があった時は、ぜってぇー、「天外魔境V」みたいなオチになると予想したんじゃがのぅ。まぁ、こういうゲームは稼げるうちにバリバリ稼ぐべき、良いことだ。あー、むしろ今回のヤツは「サクラ大戦 第四の黙示録」という扱いになるのか。という事はPS2で出るであろうヤツが「サクラ大戦ZERO」だな。いや、なんとなくサターン・ドリームキャストにおける「サクラ大戦」がPCエンジン・FXにおける「天外魔境」と重なって見えただけなんだが(ムーブメントの前と後での広井王子というファクターの大小など含めて)。というわけで、ちょっと「天外魔境U」の話。
 若い人の為に一応、説明しとくと「天外魔境U」は92年に発売されたRPGで、「PCエンジン(SCDROM)なら、こーんなにスゴイRPGが出来ますよ〜」を示す事を目的に製作され、本当にそれを成し遂げてしまった珍しい例である。あたくしのRPG観は16ビットで止まっているので、強くは言えないが大作という名を冠する事を許されるごく僅かなゲームのうちの一本だ。10時間分のボリュームを2時間に収めるから大作なんであって、2時間の内容を10時間に水増ししたヤツは大作とは言わんのよ。
 総所要時間100時間強の内容をシナリオの必然に沿って小刻みに分け、テンションを落とさずに進めるゲーム進行や、敵にダメージを与えるのは主人公のみと割り切って補助と通常打撃の連携で戦う戦闘など、美点を挙げていけばきりがない。 主人公が喋るところ以外は シナリオも好きだ。(←問題発言)
 うちにあるゲームの中でも絶対に手放せないものの一つである。だって「天外U」のバックアップ管理ツールでないと、PCエンジンのどのゲームのセーブデータが何バイト使っていて、残り容量がいくらかがわかんないんだもん。この部分だけありゃ他は要らん。
 まぁ、冗談は四割にして、個人的には「天外U」のウソとマコトのバランスが好きだ。エンディングの、「八本の聖剣(大霊院卍丸、大霊院女彦、妙院カラス、法水院紅丸、船海宮義経、鳥居堂三郎、いろは宮静、蛇光院松虫)の頭文字を象った図形(左大文字、右大文字、妙、法、船、鳥居、い、蛇)が五山の送り火の発祥」という大ウソには目からウロコが落ちた。やはり、客を騙くらかすには絶妙のブレンドで真実の情報を織り込まなあかん。虚言の道は遠く険しい。私もいつかこういうウソがつきたいと、当時、お星様に願ったものよ。結局、叶えてくれんかったが。 
 その後、「天外魔境」でいろいろとゲームが出たが、どれも「U」に比べるとパッっとせんかった(ネオジオの対戦格闘は許す)。FXで出るはずだった「V」も正直、止めといて正解だったと思う。これ以上、晩節を汚すのはよろしくない。世の中には、特にゲームの神様が憑いてしまったような場合ならなおさら、どんなに惜しまれても伝説は伝説のままに終焉を迎える方が幸せなこともある。

 散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ
――細川ガラシャ、辞世の句

01/03/10  代


やり直しを要求するッ!

リバース /ピンパイ /WIN95(18禁) /アドベンチャー
 まず最初に、「Rebirth」だよ。「Reverse」じゃないよ(笑)。では、
 前世ネタ! どこのドイツが最初に考案したかは知らないが、フィクションにおける奥義の1つ。ほぼ同じキャラで、ストーリーで、バッドエンドにもハッピーエンドにも対応する一粒で二度美味しい必殺技。そのうえ、夢オチのように反則技扱いされない(かなりスレスレだが)利便性。しかも話がだれたら現世←→前世をスイッチして立て直しも可能。まさに「100万パワーのウォーズマンでも1200万パワーのバッファローマンの角を折れる」発想。いや、こりゃ便利だわ。(ホントは全然、説得してないんだけど)話の説得力も増すし。「虎だっ、お前は虎になるんだっ!」とか言われれば、「いーやーだー!」とも言えるが、「あなたの前世はアトランティスの戦士なのよ」なんて言われれば、あきらめてアトランティスの戦士やるしかないわな。
 そもそも前提が前提なのでオカルト系ストーリーでの使用が多いネタだが、なかにはあえてこのセオリーを覆すことに敢然と挑むチャレンジャーも存在する。今回は、その1つ、ピンパイの「リバース」のお話。

 生は束の間の夢……死はひとときの別れ……失われた記憶の向こうに何が待ち受けるのか……

 「リバース」は昨年春に発売されたADVだ。システムはオーソドックスな会話ウインドウ表示型で、キャラのバストアップを基本配置、時々、選択肢が出るタイプ。
 主人公は記憶喪失・謎の夢を見る・モテモテ属性とこれ以上ないくらいエロゲー完璧超人の「普通」の大学生だ。酒豪でカレー大好きキレンジャーなお姉さんと二人暮しで、近所の女子高生の家庭教師をしている。当然、生徒とその妹からはラブラブ光線が照射中だ。
 さて、このメンツでお姉さんが助手を務めている大学教授の別荘に避暑がてら遊びに行くことになったのであるが、「いや〜、楽しい旅行でした」で終わればゲームにならん。教授の娘を名乗る謎の女は出てくるわ、件の別荘は主人公の夢と因縁がありそうだわ、ただではすまなそうな気配が大爆発だ。まぁ、それはおいといて、連れてきた姉妹のどっちとくっつくの?(最重要点)と、いうお話。
 んで、結論。
「惜しかったね」←口さがない人間なら「未完成品を売るんじゃねぇ」
 CGとダイアログ、BGM等には問題なし。おおむね及第以上はマークしていると見て異論はないと思える。時々(「常に」ではないところがミソ)、「はっ」と惹きつけられる絵が出てくるあたりが、なんとも、このゲームらしいというか。もっと出来が良いか、あるいは悪ければ扱いに困らんと済むのじゃがね。
 シナリオの核になるのは主人公のもう一つの記憶だ。宣伝煽り文句は「思い出させてあげる…」だったと思うが、ほんとうに「思い出しただけ」だった。しかもまた忘れるし。ちなみに前世の秘密は「遺伝子サンプルと脳内マップ」(こう書くと「サンダーフォースX」みたいだ)。「俺はSF的に前世ネタを追求するぜ」という心意気や良し。ここは評価する。んで、エロゲ的ラブコメに持っていこうとしたのもOK。でーもーなー、ここからの話の創り方が重要なんでしょうに!
 話の真相や過去に何があったのかは、クリアすると「なんとなく」判る。たしかに1から10まで全部、説明しないというのも演出の方法だ。じゃがな、客が一番見たいトコロを隠してどうするというのよ? 結局、最後まで砂桐ねえさん脱がねぇ……ゲフンゲフン、い、いや、それはともかく! 4人いるメスキャラのうち2人しかエンディングがない(に等しい)んだから、残りもきちんと埋めた「リバース大吟醸」(別に「ザ・ハードコア」とか「由羅危機一髪」とかでもいいぞ)の製作を切に希望する。←いまさら何を
 しかし、あれよ。メーカーの製品紹介ページで使われているゲーム画像の選択、完璧に間違ってるよなー。特定キャラに対する思惟的な感情を感じるぞ。

01/03/08  代


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