暗黒式雑記群


とりあえず、お約束ってヤツぅ?

○△□× /アクアプラス /プレイステーション /パズル
 今回のお題は、対戦型アクションパズル「○△□×」です。「まるさんかくしかくばつ」と読みます(以下、まるさん)。なかなか斬新かつ、直球勝負なタイトルです。まぁ、パズルゲームは奇天烈なタイトルのものが多いジャンルなので、これぐらいで普通なのかもしれません。
 「まるさん」は99年3月にアクアプラスが発売したゲームです。アクアプラスは「まるさん」がプレイステーション参入第一弾の新しいメーカーですが、それを感じさせない丁寧なゲームづくりを見せつけています。ひょっとすると、スタッフは実績のある人たちが揃っているのかもしれません。
 ゲーム内容は、11×6マスのフィールド内のブロックを消していくパズルゲームで、待機ブロック群が下から迫り上がってくるタイプのものです。基本的には一連の落ち物対戦パズルの系譜に連なる存在ですが、パネル型の要素も強く、個人的見解では「メガパネル」や「パネルでポン」あたりがご先祖様のような気がします。ルールは同種のブロックが縦、横、斜めのいずれかの直線に3個以上並ぶと消えるというもの。当然、連鎖もあります。フィールド内の任意のブロックにカーソルを合わせ、外のブロック置き場にあるブロックと交換する事でブロックの並びを調節していきます。「まるさん」の特徴は、その名の通り、○、△など各ブロックがプレイステーションのボタンに対応している事です。つまり、対応したボタンを押してブロックを交換するのです。ある意味でプレステでなければ絶対に出来ないゲームです。最初はボタン配置に戸惑うかもしれませんが、慣れてくると格闘ゲームのチェーンコンボを組むように自然と指がボタンを回り始めます。反射テクニックとパズル思考が上手く噛み合ったプレイ感覚が魅惑的。アクションパズルの醍醐味ですね
 近年の対戦型パズルなので、複数キャラクターが存在します。隠し含めて計10人。全員、ギャルです。ロボ娘やサイキッカー、格闘家に魔法少女など、なかなかに個性的なメンツです。ロボ娘その2以外は、みんな同じ制服を着ているところを見ると、同じ学校の生徒のようですね。必要最小限ながら、うまくマッチした台詞など、キャラの立て方が見事です。背後に多彩な設定が隠れているような気がします。ところで、よく話に聞くのですが、「浩之ちゃん」って誰ですか? これ以上の隠しキャラはいないと思うのですが……?
 また、各キャラの差別化を性能差ではなくルール変更(降下ブロック3倍とか、交換ストック増など、個々のキャラに設定されたルールで対戦する)によって行なっており、対戦相手の組み合わせによって異なるゲーム展開が楽しめます。固有の打ち筋が毎回通用する訳ではなく、劇的にゲーム展開が変わる組み合わせも存在するため、公平な競技性という点からはマイナスかもしれませんが、一つのゲームに多面的な遊び方を要求し、継続プレイに一役買っていると言えましょう。当然、各キャラのルール設定は、そのキャラの性格づけから納得のいくものになっています。
 画面も基本情報を押さえつつ、華やかな仕上がりです。(正直、まともに見ている余裕はありませんが)ゲーム状態に応じたミニキャラのアクションがいい感じです。打ち手のリズムを崩すことなく、その上、テンポもいいBGMも対戦を盛り上げます。「ホワイトアルバム」に似たような曲があったような気もしますが、気のせいですね、きっと。
 ちなみに、このゲームを買うと、もれなく横スクロールSTGとガンシューティングと固定画面ACTと肩もみシミュレーター×2とビジュアルノベルがついてきます。さらに、このゲームはディスク2枚組なのですが、どちらのディスクでもゲームが遊べます。1枚はバックアップという訳ですね。いや〜、こんなに気前がいいパズルゲームは、ちょっとありませんよ、ねぇ。

00/10/14  代


MD

 前回のネタにNARUKAMIさんが絵を描いてくれたので、載せます。謝々。

鳴神画「MD(メガデウス)」の図

「奴の狙いはゲームじゃない! その限定版だ! なんとしても止めるんだ!」
「ショーぅ、タぁイム!」

 黒いボディの凄いヤツ。
 みんなを守るでかいヤツ。
 殴れ、鉄挙! サドン・インパクト!
 目からビームにょ、クロム・バスター!
 ビジュアルショック! スピードショック! サウンドショック!
 ッグオー、ぇアクション!

 誰だ? PAXパワーグローブ、って言った奴は?

00/10/12  代


アクセントは「ビ」

CAST IN THE NAME OF GOD.
YE NOT GUILTY.

 私の名は、ロジャー・スミス。この記憶喪失の街には必要な仕事をしている。
 
「御覧の通り、取引は成立しました」
「何?」
「報酬の半金は……」
「これはポケステではない! わからんのか。こんなものが私のポケットステーションであるはずがないじゃないか!」
 ピーッ!(←電池切れ起動音)
「……ビジュアルメモリ」
「そんな事もわからずに金を渡したのか、あんたは!? なにがアキハバラ一のネゴシエーターだ。腰抜けのボンクラじゃないか!」
 交渉事には誠意というものが必要だ。今回のケースでは、双方にそれが欠如していた。ネゴシエーションとは、プロとプロが交わすべきもの……。

 この街、アキハバラシティは記憶喪失の街。この街の人間は40年前のある日を境に、それ以前のセーブデータを全て失っている。しかし、それでも人間というは何とかしていくものだ。どうすればハードが動き、ソフトが遊べるのかさえわかれば。過去のデータなど無くてもゲーム性とやらは装える。過去に何点稼いだのか、どのCGを埋めたのか、気にせずに生活だって出来る。いや、そう努力してきたのだ。セーブデータを失って悲しんでいるのは、この街のマニアだけだ。……しかし、メモリーは悪夢のようにいきなりその姿を現わす時がある。

「おかえりなさいませ。ロジャー様。首尾がよろしくなかったご様子で」
「犯罪者もプロ足るべきだとは思わないか!? ノーマン!」
「ロジャー様、忘れておりましたが、新しいゲームがお待ちです」
「新作? 買ったのか?」
「はい」

「この屋敷では無条件で購入するのはギャルゲーだけというルールがあります。ロジャー・スミスです。どんなお力になりましょう」
「こんにちは」
「……ノーマンも老いたな。ドリームキャストをPS−ONEと見紛うなどと」
「あなただって、最初はわからなかった」
「あそこは暗かったからだ!」

 ……みたいなネタを書こうと思ったが、さっぱりまとまらんわ(でも載せる)。誰か、「胸に『16BIT』って彫ってあって、手甲が6ボタンパッドのビッグ・オー」描いてください。

「あなたって、サイテーだわ」
「その台詞はゲームの女に言われ慣れている」

00/10/09  代


バリバリ伝説

バリ・アーム /ヒューマン /メガCD /シューティング
 パッケージアートって大事っすよね。人目引かんといかんが、引きすぎてもいかんし。購買欲のみならず、買ったあとの印象も変わってきますわな。今も昔も内容はピンキリなんじゃが、なんとなくメガドラ系は「気合い入れ過ぎて、あるいは入れなさ過ぎて空振り」の両極端パターンが多いような気がする。客へのアピールを重視した結果、客が求めていた絵の遥か彼方に行ってしまったものの代表に「電忍アレスタ」があるが、(意図した結果かどうかはともかく)全然、客にアピールしないものの1つに「バリ・アーム」がある。こんだけ自己主張が感じられず周囲に埋没してしまうパッケージって珍しいと思うぞ。
 「バリ・アーム」はヒューマンがメガCDで発売した横スクロールSTGだ。メガドライブで幾つかゲームを出したものの、いまいちパッとしなかったヒューマンが「かくなる上はメガドラだからSTGだ!」と一念発起して作ったゲームである。ウリにしたのはメカのグラフィック。ゲーム自体は、ロボに変形する戦闘機を操って、全7面を戦うオーソドックスなタイプ。戦闘機→ロボの変形は使い分けではなく、最終パワーアップの一環。よって理想的には、ずっとロボのままである。一昔前のSTGなので、ドバドバ弾撃ちまくりーの、バカバカ点稼ぎまくりーの、といったゲームではなく、撃って避けて、また撃っての淡白な展開。実は、通常弾よりタメ撃ちで戦うため、敵の出現パターンを見切った上で、常に溜めをつくる戦略的思考が全編要求される学習型STGである。メガドラ円熟期のゲームゆえ、先発のSTGの影響も見え、ゲームとしては普通、及第点だ。6面ボスから別のゲームの如く難易度が跳ね上がる点を除けば、悪いゲームではない。
 が、問題は93年7月30日発売だったこと。この日にはメガCD版「シルフィード」も出たのよ。当時のメガドライバーなら(ゲームの出来は別問題として、とりあえず)「シルフィード」買うよな、普通。で、時期が過ぎて、雑誌から記事がなくなると注目されなくなるわな。せめて、パッケージに画面写真を1枚でも載っけとけばねぇ。ちなみに、このゲーム、昔、光栄が出した「ゲームロボット大事典」には載っていない。(アレもけっこう抜けの多い資料だが)巷ではロボゲー扱いされていないと見える。
 んで、問題のロボだが、これがまた敵も味方も「大張 正巳」ライクなデザイン。大張ロボだから、名前が「バリ・アーム」だと推測。だって、可変機だったら「ヴァリ」だし。「バリ・アーム」の魅力はオープニングでいかんなく発揮される。戦闘機形態で発進後、ロボ形態に変形するバリ・アーム。プレイヤーよ、その勇姿を目にして叫べ。
「うーそーだーっ!」
 色から察するに本体部が胸部になったのはわかる。翼は背中に回ったんだろう。だが、腕と足はどこから生えたのだ? 機体の厚みが全然違うではないか。これならゲッターロボの方が、まだ変形前の面影があるぞ。どう考えても無茶な変形をノリでごまかしてしまう様は圧巻。その後のブレストファイアーもツッコミどころだ。てめぇ、そんな武器があるなら(以下略)。まぁ、100歩譲って、これが「バーニングウェイブ」だとしてもだ、隠しエンディングの「V・MAX」は言い訳できねぇよなぁ、おい。
 そういや、このゲーム、「土星衛星軌道上の兵器開発プラントコロニーに樹立された独立軍事国家の地球統合政府への侵攻を、新型可変重戦闘機バリ・アームで食い止める」話なのに、ラスボスがどう見ても宇宙怪獣なのは何故だろうか。また、敵の方は固有名詞が充実しているが、だったらパイロットの野郎とおねーちゃんに名前ぐらい付けてやれよ、と思うのは私だけではあるまい。

00/10/07  代


正しい続編の作り方

XakV ――The eternal recurrence―― /マイクロキャビン /PC−98 /ロールプレイング
 みなさん、「イースUエターナル」、もうクリアーなされたでしょうか。という訳で今日のお題は「Xak(サーク)V」です(なんだかな)。管理人に書けと言われたんで書きますが、現物の入手どころか、動作環境を整えるのが難しいゲームについて書いていいんだろうか(PCエンジンに移植されてますが、かなりアレな出来なんでお勧めしません)。

 「Xak」シリーズはPC−98などで出たアクションRPG。「ハイドライド」から始まったパソコン・ARPGの歴史において、一つの終着点と言って良い作品だろう。「イース」シリーズ等と較べると、アクションの面が強調されているのが特徴。
 VR(Visual Representaition)システムというものを売りにしているが、要は2D画面(斜め上見下ろし)をより3Dらしく見せるためのシステム。これによってキャラのサイズが自由になるので、誰も彼もが二頭身という弊害が無くなった。そのことを最大限に生かすために、OP・EDを除いてはアニメ的なデモは行なわれず、イベントでは「操演」という名のフィールドキャラをそのまま使った人形劇が行なわれる。また「XakU」以降では高さの概念を導入してジャンプが出来るようになった。
 最初の「Xak」から始めて「XakU」、そして外伝(実質的には2.5)の「The Tower of Gazzel」と続くのだが、ストーリーは毎回同じパターンで、大物妖魔が「人間界サーク」に復活しようとするのを、主人公「ラトク・カート」と愉快な仲間たちが阻止しようとするも間に合わず、起きたばっかの妖魔を今度は永遠に眠らせる、と言ったものである。ちなみに後になればなるほど仲間が役に立ってくれるようになる。
 他に「U」の裏話で、ラトクの仲間の一人、魔法戦士の少女「フレイ」を主人公にした縦スクロールSTG(!)「FRAY」がある。

 そして満を持してと言うか、「Gazzel」が出てから結構間があって、完結編「XakV」が発売される。
 「V」はシステム的には「U」「Gazzel」を踏襲しつつも幾つかの点で変化がある。

・「Gazzel」では能力値のアップなどで抽象的に表現していた仲間が、独自に判断して戦闘するようになった。
・「U」以降、「フォース」(剣から出る飛び道具)中心だった戦闘を「溜め切り」などの新要素を加えることによって、再び剣撃中心に戻す。
・戦闘の難易度を上げていたジャンプはむしろダンジョン等を進むための手段になった。
・回復アイテムがボス戦中でも使用できる。 

 ……などなど。
 全体的に新しい要素が加わり、システムは複雑化したが、その大半は難易度を下げるためのモノなので前作までと較べてゲームオーバーになることが極端に減った。同時にゲームバランスの取り方が適切なので、特に経験値稼ぎをすることなく、サクサク進めるのでテンポ良く敵を倒しながらストーリーを堪能できる。

 で、そのストーリーの方だが。

 ――ラトクが故郷、「ウェービス王国」の「フェアレスの町」でお母さんと平和に暮らしている所から始まる。しかし、勇者に休息無し。嵐の晩、激しく戸を叩く音がする。戸を開けると深手を負った騎士が1人。隣国「ファーランド王国」が突如、妖魔の大軍の襲撃を受け、彼は王女の命を受けラトクに助力を請うべく駆け付けたのだった。ラトクがその頼みを引き受けると騎士は息を引き取る(そして、タイトル)。

 こうして始まる「XakV」。ラトクは愛剣「サークソード」(意思を持ち話す)を持ってファーランドに向かうのだが……、いや、間に合わないんだ、これが。
 ラトクがファーランドに向かっている間に、国王は妖魔の将軍「ゾム・ディザエ」と闘うも、ついに討ち取られてしまう。頑張ったんだが仕方がない。なにしろこいつ、シリーズ通して最強の敵だから。さらに、生け捕りにされた王女も「殺しなさい!」なんて言うもんだから首を引き千切られちまった。いや、別に黙っていたって殺されていたと思うが。

 ――ファーランドに到着したラトクはウェービス・ファーランド同盟軍の騎兵隊に加わり城に突入する。敵を排除しながら先を進み、王宮のテラスにたどり着いたとき、一人の騎士が妖魔と戦っていた。翼ある妖魔は王と王女の首無し死体を壁にはりつけ、あるいは切り刻み高らかに言う。
「見よ! 今こそ光は没し、闇が世界を覆う時!
 妖魔が世界を支配するのだ!」

 最初のプレイ時はここらへんまで見て、「今回のXakはやけにハードだな」と思ってしまった。
 それもそのはずで、前作までを作っていたスタッフは、会社を辞めたのか1人も居らず、「V」のスタッフの大半は同社のRPG「幻影都市(イリュージョンシティ)」を作ったスタッフだった。もっとも、「T」から「U」の時もスタッフは変わらなかったが、システムも絵も雰囲気もガラッと変わっていたので、今回も変化したこと自体には驚かなかった。ただ、「T」から「U」、さらには「Gazzel」にかけて段々とライトファンタジーの傾向が強まっていったから、今回もそのラインで行くのかと思っていたのだが、先に書いた通り「V」になってむしろダークファンタジーに傾いた。
 だがそういった雰囲気の違いがあるにもかかわらず、「V」が「U」や「Gazzel」の続編であることに違和感は感じなかった。
 たしかに、ほとんど人死にが出なかった「U」の流れを期待すると、「V」の冒頭の展開で裏切られるが、それでも別の世界の話とはならず、同一の世界の中でより厳しい時代に入っていくことを感じさせるものになっている。この後、仲間の1人のセリフ、「今度の戦いはこれまで以上に苦しいものになるでしょう」からもそれが解る。
 また、前作から引き続いて登場しているキャラ達も言動に違いが見られるが、それで「違う人」になったと感じることはなく、「ああ、こいつらも(人間的に)成長したんだな」と自然に思える類の変化だった。

 このようにうまくいった理由は(マニュアルでスタッフの一人が書いていることだが)、スタッフの交代によるイメージの変化をなるべく押さえたこと。言ってしまえば、「オレ節」を効かせすぎなかったこと。
 具体的に何に気を付けたかというと、まず第一に不用意に新キャラを出さず、主人公とその仲間達という「いつものメンツ」を揃えて、こいつらを中心に話を進めていくこと。
 次いで今までの設定をまとめ、伏線を解消すること。
 「Xak」シリーズには「V」までに4作あるが、設定等で未整理な部分があり、また未解決の伏線も結構あったが、「V」ではいずれも整理・解消されている。

 こうして書くと、「V」はシリーズを終わらせるための消化試合のように聞こえるかもしれないが、さにあらず。「V」には「V」で新たに加わった要素もある。その中の一つが「嵐の傭兵団」だ。

 ――「嵐の傭兵団」。団長である仮面を被った黒ずくめの戦士「夜叉騎士」と4人の幹部、数十人の団員からなる戦闘集団。妖魔と敵対しつつも、各所で魔法の武具を奪ってまわる謎の第三勢力(ラトクもサークソードをとられた)。その正体、目的は一切不明――

 「V」を語る上で外せないのが、この「嵐の傭兵団」。
 まあ、「夜叉騎士」の正体については言うまでも無いんだが、問題は4人の幹部の方。この4人、リザードマンだったり、パンサーマスク(グ○ン)だったり、妖魔とのハーフだったり、アンデッドだったりと、純粋な人間は1人もいない。この個性的な連中がたびたびラトクの前に現れて、ドラマを盛り上げる。
 ちなみに、この「まっとうな人間は1人だけ」という集団は、同社が後に作るRPG「ソード&ソーサリー」に受け継がれる(雰囲気は正反対なんだが)。

 ――妖魔の将軍ゾム・ディザエを倒し、「妖精界オーシャニティ」に行ったラトク達は真実を知り、全てにカタをつけるために「妖魔界ゼキシス」に向かう。彼らの行く先では先行していた嵐の傭兵団の戦士達が妖魔たちと激しい戦闘を繰り広げる。命を懸けて妖魔を倒す嵐の傭兵団の戦士達。ラトクを行かせるために踏みとどまる仲間。父との再会、そして永遠の別れ。ついにラトクは「妖魔王ゼキシス」と対峙する。

(サークソード)「ラトクよ、我らが敗北は世界の破滅と知れ!」

 最後の戦いが今始まる――

 このように前作までの要素と、今回新たに加わった要素が絡み合い厚みのあるストーリーが展開する。妖魔界に突入してからのスピードのある展開はまさにシリーズ完結編のクライマックスにふさわしいものである。

 スタッフ総入替えという、かなり難儀な状況から始めたにも関わらず、この「XakV」はシリーズ完結編になると同時に、シリーズ最高傑作にもなれた。
 誰しも新たにゲームを作るにあたっては色々やりたいことがあるだろうが、前作までの設定やストーリーが、それを阻害することもあるだろう。そんな時、自分達にとって都合の悪い設定は作り変えようという欲求が生じる。それに我慢できるかどうか。
 新スタッフは新たな要素を加えることはしても、旧い要素を削るようなことはしなかった。そしてそれは正しい。「Xak」の名を冠している以上、それは彼らの物ではない。前スタッフの物でもない。あえて言うなら、今までシリーズを楽しんできて、これからも楽しもうとするユーザーのものだ。
 「XakV」のスタッフはセンスや技術よりも、まずその自制心によって評価されるべきだろう。

00/10/05  東


イミテーション・ゴールド

ナイトストライカーS /ビング /サターン /シューティング
 なんか業務用STGの移植作でタイトルの末尾に「S」がついてたりすると、「元ゲームと全く関係無くパイロットがギャル2人組になって、面の幕間にアニメデモが入る」ヘルファイアーな話を連想してしまうが、さすがに、これはそんな事はなかったりする。ビングには「はるかぜ戦隊Vフォース」みたいなのもあるから、オリジナルのメスキャラデモが付いても面白かったような気もするが、もし実行していたら、マジで爆弾送りつけるヤツとか出ただろうな〜。ところで、このゲーム、「ナイトストライカーズ」なんでしょうか、それとも「ナイトストライカー、エス」なんでしょうか。
 「ナイトストライカーS」は、タイトーの奥スクロールSTGの傑作をサターンにプラスαを加えて移植したものだ。「ナイトストライカー」といえば、もはや説明不要の生ける伝説。西暦2049年。アジアを根城にして粋に暴れ回っていたテロリストに誘拐されたレーザー工学の権威リンドヴェリ・マスカ博士(どこの国の人?)と博士の娘シンディ(パパに似なくてよかったね)の救出のため、ロボに変形する装甲車を乗り回す国連特殊部隊が謎の寺院で仏像の群れと戦う話だ。はたしてSTGは1発も弾を撃たずにSTG足りうる事が出来るかという命題に、「別にいいじゃん、スコアさえ高ければ」と、1つの結論を出してしまった問題作である。 
 で、今回は、このサターン版とメガCD版の比較の話(オリジナルとの比較ではない)。ちなみに発売はオリジナルが89年、メガCD版が93年、サターン版が96年。あとプレステ版もあるけど、あれはいいや。
 サターン版はビングが移植を担当し、先行して発売されたPS版にちょいと手を加えて発売された。「レイフォース」や「メタルブラック」などタイトーもの移植に実績あるビングだが、どうも巷の評判は「よくわからん」。「全然オリジナルと違う、論外」つー人もいるし、「忠実移植完全再現バンザイ」という意見もある。しかも、双方とも「業務用版をやり込んだ」(あるいは、あんましやってない)と主張するもんだから、母さん、全然、わけわかんないわよ。とにかく、「よくできた紛い物」といったところか。「よくできた」に重点をおくか、「紛い物」に重点をおくかは人それぞれだが。サターン版の内容を一言で表わすと「違法改造ROM」だ。難易度設定とかシールド回復量の増減はともかく、レーザーの発射間隔や自動ホーミング弾、超連射などの充実したオプションを誇る。高速連射状態の数珠上に連なるビームの弾道は、それで字が書けるぐらいだ。画面上にあたかも多関節キャラのように弾がうねる様は一見の価値がある(二見は無いが)。邪道、これを邪道と言わずに何と呼ぼう。しかし邪道を行くのも、また楽しきかな。我らアクマイザーの行く道は唯ひとつよ。
 対して、メガCD版はタイトーが発売し、こちらは「完全再現」など、はなからあきらめた紛い物だ。だが、この紛い物はそんじょそこらの紛い物とは訳が違う。「ナイトストライカーを遊んでいる気にさせる」点に特化した紛い物なのだ。マシンスペックという現実を前に「プレイ感覚の再現」だけは何としても死守すべく奮闘した結果の結晶。見た目はドット粗く、モザイクがかかったようだと言われるが、心の眼で見ればAVの消しがなくなる気がするように記憶の中にある業務用の画面が再現されるかもしれない。ちなみに拙者は目が悪いので関係無い(笑)。移植版の中ではメガCD版が一番という意見もある。昔、Beepメガドライブ誌上の読者レースで叩かれた翌月に「これはこれでいいんじゃい」と順位を一気に50位上げた事もある。ただし同程度に、全然ダメという意見がある事も忘れてはいけない。まったく、ムズカシイね、業務用ゲームの移植って奴は! もっとも当時としては、おうちで「ナイトストライカー」が出来ることが何より重要だったんじゃがね。「スティールガンナー」と「スティールガン娘」みたいなもんか?(ちょっと違う)
 結論、(どのゲームもそうだが)ゲーセン本格派やり込み人間は手を出してはいけません。サターン版はインチキ設定が豊富なのでスイスイ先に進めます。真ラスボス、トワイライトミラージュが見たい人は安心です。ただし、オブジェクトの再現率が高いので障害物によく衝突します。自由に動ける範囲が狭いと感じるでしょう。一方、メガCD版は上下を切った横長ワイド画面で出て来ない障害物もあるので、逃げ場所が広く、かつマシン性能の限界からゲームスピードが多少遅いのでパシフィストが狙いやすくなっております。ただし、シールドが1点しか回復しないデフォルト設定なのでノーコンティニューは辛いっすね。
 どちらも、手に入らない本物を気分だけでも満喫するためのアイテムだが、ここはゲームだけに頼らずにプレイヤーの方も再現度を高めるべく努力してみてはどうだろうか。あの筐体で遊んでいるつもりになるために、座椅子を買ってきてテレビ正面に座り、白く塗られたダンボールをテレビにかぶせて密閉感を演出。あとはイマジネーションの翼を広げて、美しい夢の世界へ羽ばたくのさっ! まぁ、その翼は、えてしてロウで出来てるんだが。

00/10/03  代


誰がために

新機動戦記ガンダムW エンドレスデュエル /バンダイ /スーパーファミコン /アクション
 あれは……、忘れもしない1996年3月28日(この頃は、ここら辺でもフライングやってたんだよなー)午前10時15分の事であった……。私は「ガンダムW」のゲームを買いに当時、贔屓にしていたゲーム屋に入り、ちょうどカウンターに入っていたバイトの知り合いに声をかけた。
「あー、これこれ。明日、発売の『ガンダムW』の対戦格闘くれ」
「なにィ? アレ、買うのか?」
 ふっ、悪かったな、ベイベー。もっとも、彼氏はこの1年前に儂が「Gガンダム」の対戦格闘で火傷したのを見とったからなー。ともかく、自分に興味がないキャラゲーに対する世の評価なんて、こんなもんよ。
 32ビット機登場以降の、客の好みの多様化と業界の肥大化の結果、「人気のある原作を持ち、かつ出来が優れている」ゲーム以外は生き残れない状況が当たり前の近年でこそ、もはやキャラゲーの是非など議論対象にもならなくなったが、数年前にはキャラゲーなんてものはギャルゲーと並び、ゲームカースト性奴(←何故だっ!? 何故、こんな変換をするッ!? オレは普段、そういう文章は書いてないぞ!)の最下層に位置していたもんであった。だって、面白くないんだもん。いや、それを言っちゃあ始まんねぇわな。
 世の非難意見としては、たいてい「原作の人気にあぐらをかいて、ゲームとしての作り込みがなっとらん」というところに落ち付くわけだが、わしゃ、むしろまずターゲットの読み違えがあると思う。原作の非ファンなんざもっての他だし(この場合、手を出す客も悪い)、ただ原作のファンというだけでもイカンのではないか。ゲームというハードルをかませた時点で、客はさらに一段階の変種と捉えるべきではないか。その原作が好きで、なおかつ、あるジャンルでゲーム化された場合、手を出すのはどういう奴なのか。まず、この点を見切った上で客が喜ぶ仕様を固める必要があると思う。作り手が、どんなターゲットに対し、どのようなゲームを作るのかを青写真として持ち、実際の完成品がそれにどれだけ近づいたか。この度合いこそが評価対象となるべきで、作り手の持ったコンセプトが完璧に結実した作品ならば、それは不特定多数の人間にとって面白かろうがつまらなかろうが成功作と言えるだろう(むろん、商業的成否や好き嫌いは別問題として存在する)。
 そして、スーパーファミコンの「ガンダムW」は、この観点において優れた性工作(←ああっ! もう、またしてもっ!)である。本作は、96年当時、「ガンダムW」が好きで、対戦格闘になった場合に手を出しそうな人間にとってはたまらない作りになっている。この場合、「(広義で)ガンダムが好き」とか、「対戦格闘が好き」な人は対象外になるのが注意。
 元来、「ガンダムW」は機体のキャラクター性が強い話。個々の機体がアピールすべき要素(性能というか、性格付けというか)はおのずと決定される。それを「ヴァンパイア」や「エックスメン」などを叩き台にして消化し、ゲームとして説得力を持たせて提示する。画面上に表現されるアクションの数々は、単純なパクリやパロディではなく、1+1を3にする相互作用の産物だ。
 さすがにスーパーファミコン末期のゲームゆえ、グラフィックレベルはかなり高レベル。独特の機体造形アレンジは絶妙。特にヴァイエイトとメリクリウスは、もとよりカッコイイ。ドットロボアクションとして、「ニンジャウォーリアーズ アゲイン」とタメを張る出来である。
 エピオンだけなんか原作とノリが違う(鞭を絡めた連続技の殺陣はナイスだが)のと、やっぱアルトロンとデスサイズヘルが欲しかったのが難点だが、まぁ、これは仕方あんめぇ。発売、番組終了同時じゃしのぅ。

00/09/29  代


思えば、遠くに来たもんだ

アドヴァンスド ヴァリアブル・ジオ2 /ティジィエル /プレイステーション /アクション
「ヴァリアブル・ジオ」
 かつて古代中国において、宮中の料理人たちが武力をもって、その地位を競い、最終的に勝利した者のみに皇帝の傍らで調理する場所を与えられた故事が起源とされる。また記録には、「最初にこの栄誉を手にした餡 魅螺は胸を強調した衣装をまとう事で勝利をおさめた」とあり、現在でも某ファミレスで口にされる「乳が揺れるほど忙しい」という言葉は、これに由来する。
民明書房刊『世界吃驚催事全集』
 というのは当然、真っ赤なウソだが、確か「V.G」(Vガンダムにあらず)ってのは、「最強のウェイトレスが所属するレストランに伝説の一等地をくれてやる」大会だったはずだが、なぜ「巨大企業が影で目論む人造人間戦士開発計画を叩け!」になってしまったんだろう? もはや「ウェイトレス」である必然(最初から、そんなもんは無いという話もあるが)とか、大会名がなにゆえ「ブイジー」なのか?とかは、遥か彼方に消え去ってしまったような気がする(取説にちょこっと記述があるが)。別に誰も困らんからいいけど。
 さて、「アドヴァンスド ヴァリアブル・ジオ2」(以下、AVG2)は、元々のPC−98版「ヴァリアブル・ジオ」のアレンジ移植であるPCエンジン版の続編だ。そもそも「VG」と言えば、ストUブーム絶頂期に、エロゲー市場でも幾つか出てきた対戦格闘の中でも(格闘としての出来はともかく)システムのフォーマットを取得した上で、そのゲームの独自性を立てられた数少ない成功作だ。そして94年に、新キャラの追加や、主人公1人に的を絞った「まっとうな」ストーリーモードをつけてPCエンジンに移植される。PCエンジン版「AVG」は「女の子を動かす対戦格闘」(ウエイトは前の方)として(PCエンジン的)評価が高い。その後、「AVG」は32ビット機にも一応移植され、98年に「AVG2」が出る運びとなる。直接の続編として、きちんと前作から続く話にケリをつけたことは誉められる事だと思う。キャストがPCエンジン版のままなのもナイス。やっぱし「武内優香」は「野上ゆかな」だよなぁ。一部、変更があった奴らもいるが、こっちはこれでいい。「椎名へきる」より「浅田葉子」(個人的に重要点)、「横山智佐」より「長沢美樹」よ。
 実は「AVG2」は対戦格闘として至極まっとう。プレイステーションオリジナルの2D格闘としては、かなりレベルが上の方に入る。いや、他には「あすか120%」とか「ギルティ・ギア」ぐらいしかないんだけど。この二者と比較すると、ゲームにおける多段ヒットの思想が異なるため、超絶的にボコボコ殴り合って、多角的に連続技を組み上げるタイプのゲームではないが、違和感ない操作性を約束するキャラモーションなどは及第に達しており、手を出して痛い目は見ないであろう。まぁ、キャラクターによって個人差があるのはご愛嬌と言うべきだが。
 また、やはりギャルゲーである以上、ウリになるのはストーリーモード。こちらは豊富な会話デモあり、アニメありと見応えがある。その内容は、「ポッ出の新人に最強の座を奪われロートル扱いになった前作の登場人物どもの悲哀」と「一人でおいしい所をかっさらった忍者の活躍」を描いた大作である。特に天然ものの素質溢れる中坊に主役を譲った優香のレベルダウンぶりには涙を禁じえない(キャラ性能は上だが)。前作をやってない人間には、さっぱりわからん話のはずだが、ためらいなく貫き通してしまうあたりがなかなかできることではない。
 ラストではなんと、飛んでいる飛行機を素手で叩き落す(この時、集まるメンツが一軍扱いらしい)。こいつら、もうウェイトレスでも格闘家でもねぇ、サイキッカーだ。

00/09/28  代


失われた伝説を求めて

メタルスレイダーグローリー /HAL研究所 /ファミコン /アドベンチャー
 オレのこれまでのゲーマー人生、もし1つだけ悔いる事があるとすれば、それは「昔、郷里の場末のゲーム屋に転がっていた『メタルスレイダーグローリー』を『既に持っているから』買わなかった」ことだ。ちなみにお値段のほどは3000円なり。別に財テクがしたかった訳じゃないが、保存用にもう1本あってもよかったと思う。ここらへんはメガドラ時代に骨の髄まで植え付けられた「逸品は一度逃すともう手に入らん」という危機感の賜物じゃ。ところが、なんとこの度、ニンテンドーパワーでのリメイクが決まったそうではないか。これを買わんで何を買う。10月1日は日付け変更と同時にローソンにゴーじゃ。
 「メタルスレイダーグローリー」(以下、MSG)は91年8月にHAL研究所が発売したゲームだ。2062年を舞台にしたロボSFラブコメ『妹萌え』宇宙戦争ADVである、いやまぢで。普通のファミコンカセットとは異なる正方形のROMが、いかにもスペック限界を力技で乗り切るハード末期のゲームよ。様々な要因の果てに「MSG」は入手困難ソフトとなった。が、半端に棲息が確認されるもんだから知名度は高く、結果、価格も高騰。「金さえ積めば手に入る」、まっとうなレアアイテムとしての地位を得て今日に至る。30000円が適性価格かどうかは判断が分かれるだろうが。
 「MSG」は一目見ればゲームにさほどの造詣が無い人でも、ファミコンというハード上で凄まじい事をやっているゲームであると判断できる大作だ。数々の大技小技を駆使して生み出される超絶グラフィックが見る者の心を揺さぶる。演出上、必要とされる効果に逃げずに真っ向から勝負する姿勢が感動を呼ぶ。
 「逃げ」が無いことは「MSG」全体の特色でもある。主人公一味が偶然(実は全て仕組まれた必然なのだが)入手したメタルスレイダーに残されたメッセージから始まる物語の展開は、ラストまで王道の極み。日常の小事件を追っていたはずが、気が付けば話は全地球規模までスケールアップする。そしてテンションを落さずストーリーを描き切って、怒涛のエンディングへ。話が中途半端になったり、エピソードが欠けたりする事は無い。それまで技術、商業的問題からゲームはゲームとしての方法論でしか物語を紡ぐことが出来なかった。しかし、「MSG」は史上初ではないにせよ、ゲームとそれ以外のメディア(アニメと言い切ってもいいんだが)のストーリーテリングの融合に正面から挑み、ファミコンという場においての一つの完成形を作り上げたと言えるであろう。
 メカあり、美少女あり、謎あり、泣かせ所ありの豪華幕の内仕立て。地球の命運を賭けたロボ戦を主軸に据えながら、メインテーマは家族の絆だったりするところが絶妙なバランスか。主人公(プレイヤーの分身としての没個性化ぐあいと、独立したキャラクターとしての主張度の合わせ方が上手い)、主人公の妹、主人公の彼女(実質的に嫁)という行動単位は会話展開にメリハリをつけた上でテーマを上手く浮き彫りにしている。序盤のコマンド総当りによる舞台状況説明がだれる、っちゃあ、だれるんじゃが、話が動き出せば、あとは一直線だ。特にラストのグローリーのプロテクト解除(最大の見せ場。ゲームを通してのテーマと伏線が一気に炸裂する瞬間だ)からエンドタイトルまでの盛り上がりはハンパではない。ジツは細かいツコッミがいろいろ入れられるのだが、あえて見逃すのが人の道というものだ。
 今度出るスーパーファミコン版はディレクターズ版ということで、ファミコン版で泣く泣く削除された要素が復活しているらしい。おぉ、ついにロボ戦時にエリナのホーンドマームとだけではなく、キャティのヌーディア(グローリーの姉妹機。マジンガーZとミネルバXみたいなもんか)と組めるわけだな。悪いが、エンカイくん、君はどうでもいい。さ、さらに、削除要素の復活ちゅうことは、昔、任天堂チェックに引っかかって消しが入った取説マンガの風呂のコマも復活するんだな! ←それはない

00/09/26  代


死屍ルイルイ

レッスルボール /ナムコ /メガドライブ /スポーツ
 ただいま開催中のオリンピックにちなみ、なんかスポーツものゲームの話にしようと思ったんじゃが、よく考えてみれば、拙者あんましまともなスポーツゲームで遊んだ事が無いような気がする。こんなことなら「大運動会」でもやっとけばよかったのぅ。む、「大運動会」といえば「超人オリンピック」。「超人オリンピック」といえば「ニューマンアスレチック」(移植されんかのぅ)。「ニューマンアスレチック」はナムコ。よし、今回はナムコで「レッスルボール」だ。
 「レッスルボール」は91年2月にナムコがメガドライブで発売したインチキ球技ゲームだ。メガドラ参入後、やる気を疑われ続けたナムコが放った起死回生の一発。システム含め完全オリジナルゲーム、ゲーム端境期の発売、加えて見た目地味な画面など前評判はあんまし芳しくなかったが、発売後の評判は高く、一時期は幻のゲーム扱いになったほどである(メガドライブのゲームはたいてい一度逃すと二度と手に入らんのだが)。
 完全トップビュー見下ろし型のゲームであり、ルールはアメフトとサッカーを基本にして、面倒な所を省いたオリジナル。1チーム11人で敵のゴールを目指す。シュートで1点、タッチダウンで3点。んが、問題なのは敵に対する攻撃(文字通り、ぶん殴る方の)に制限が無い事だ。ボールを持っていようがいまいが、好きな相手をボコにできる。つーか、いかにボコにするかが勝負を決める。パスワークなんぞよりタックルの方が重要なのだ。今、フィールドにバイオレンスの嵐が吹き荒れる! 「殺せ、皆殺しにしろ!」「へっへっへ。イエッサー、ボス」 ちなみに舞台は2010年だそうな。
 (最終的には的確なパスワークを行なわなくては勝てないが)とにかく、試合は全編雄たけびを上げて、ボールに一番近いヤツを叩きのめす事に終始する。ボールを持って走るヤツにタックル。転がったボールを拾おうとするヤツにドロップキック。敵にダメージを与えない足止めを目的にしたタックルもあるがそんなもんは使わない。ボールを待ったらドリブル開始。ドリブル中にはどんな時でシュートのタメを作る。なぜか? それはパスには攻撃判定がないがシュートにはあるからだ。敵に包囲されたら殴られる前に敵の顔面めがけてシュート。ボールは敵を吹っ飛ばして、前方へ。吹っ飛んだ敵は気絶する。ゴール前の攻防も同様だ。さすがにキーパーは一撃のシュートやタックルでは吹っ飛ばないが、何度も殴ると気絶する。無様に横たわる屍を横切って無人のゴールにボールを押し込むのだ。試合が延長戦でも同点の時はバトルロイヤルで決着をつける。リング上、5対5で入り乱れて殴り合い、敵を全滅させた方が勝ちだ。この領域に踏み込むと、もはや球技でもなんでもない。
 ナムコのスポーツゲームゆえ、チームの中に「ナムコスターズ」があるが伝統にのっとって弱い。おそらく、この「レッスルボール」のナムコスターズ(チームカラーはピンク)があらゆるナムコスターズの中で(リーグ内において)最も弱いのではなかろうか。少なくとも、一番その弱さを実感できると言えよう。試合は前衛同士のタックルによるセンターサークル上のボールの奪い合いから始まる。が、重量級のチームを相手にすると軽量級のナムコスターズは必ず全員吹っ飛ばされる。ゲーム開始早々、センターサークルに転がる5つの屍。悲劇は試合中も続く。ただでさえコンピューターはタメが必要なはずのタックルを連発する卑怯技を使うというのに、さらに能力差のハンデがつく。フィールドのあちらこちらにピンクの屍が累々と点在。試合中、チーム11人全員が気絶せずに動いている状態などほとんど無い。
 強い敵には、もう飽きた。弱い相手は何処にいる。我ら、最低。我ら、最低。ナムコスターズでラストのメリケン「マーシャルアーツ」軍団にバトルロイヤルで勝てる人がいたら、マジでお目にかかりたい。

00/09/22  代


部下と上司の間には

スプリガンmark2 リ・テラフォーム・プロジェクト /ナグザット /PCエンジン /シューティング
 PCエンジンSTG屈指の逸品、「スプリガンmk2」。92年にナグザットが発売した横スクロールSTGです。開発は当然、コンパイル。一言でズバリあらわせば、「機動戦士アレスタ」。ガンダムのパチモンSTGです。前作、「精霊戦士スプリガン」から一部、設定だけを残して、ゲームシステムや舞台をガラリと変えています。結果、むしろアレスタというよりは、「ヴァルケン」なんぞよりも「重装機兵レイノス」の正統後継作といった趣になっています。
 時に天暦92年。テラフォーミングが進み、人類の移住先として数十年を経た火星。だが現在、火星はA国とS国の両大国が互いに領土の拡大を狙い、一触即発の緊張状態にあった。この状況下で主人公、グレッグ・アーウィン少尉の所属する部隊は、新型アームドアーマー「スプリガン」の重力下テストのため火星へと降り立つ。が、到着早々、マービィ大尉率いるエメラルド小隊よるスプリガン強奪事件が発生する。この一件が地球と火星の間の不毛な戦争の幕を開けることになる。
 CDの利点を生かし、リアルタイムで音声によるデモが入るストーリー志向の強いSTGです。開戦から終戦までを描ききって30分。そのストーリーと演出に定評があります。弾数制限のある武器を複数、装備し、状況に応じて使い分け、多彩な戦闘を行います。高難易度でも定評がありますが、マジでアドリブが通用しないのは3、4面とラスボスぐらいでしょうか。エンディングのために、何が何でもスーパーハードで遊ばにゃならんゲームですが、インチキも多彩なので常人ならなんとかなるレベルと言えます。ただし、3ボタンパッドは必須。
 と、表向きはこんなもんだろう。「スプリガンmk2」がコンシューマーSTG史上に燦然と輝く名作であるのは紛れも無い事実。だが、このゲーム、ちょいと見方を変えると、その実は隠れたバカ要素が満載である。
 まず、主人公グレッグと、ハニワ顔の相棒、コンロッドのやり取りだ。「むぅ、あれは×××」「何ィ、知っているか!? コンロッド!」 民明書房か、君は。
 さらに、グレッグと(実質的な)ラスボスであるカース少将の会話。カース少将の「戦争目的は人減らし」理論に、まったく理屈で対抗できず、話にツッコミを入れると逆に突っ込まれ、挙句の果てに「もっと広い視野でものを見ろ」と説教される始末。ついには、口で大負けしたグレッグは逆ギレして、「うるせぇーっ!」とビームサーベルを振り回して(攻略の都合上、必ずサーベルを振り回す)カースに斬りかかる。それでいいのか、主人公。
 真エンディングの、マービィ大尉との人類の未来について偉そうな事をほざき合いながら殴り合う最終決戦も見逃せない。双方ともエネルギーがきれて、フィールドが張れないビームサーベルだけで殴り合うのだが、サーベル同士がぶつかると干渉しあって、お互いに弾き飛ばされる。一気にケリをつけるとマービィはセリフ途中でもくたばってしまうので、ヤツの戯言を全部聴くためには、しばらくの間、適当に跳ね回って時間を稼がねばならない。この状態を世間では「ホッピングマービィー」(笑)という。
 そして、なんといっても、グレッグとその隊長カニンガム大尉の確執が見逃せない。エンディングでグレッグは、この戦争で関わった人間たちを思い返すのだが、敵のエメラルド小隊の連中や、「出た死んだ」でロクな出番もなかった艦長どもすら思い出すのに、自分の所属するガーネット小隊々長カニンガムのことは出てこない(他にもスプリガンmk2をくれた月面基地のオペレーターも思い出さない。薄情なヤツだ)。もしかして、こいつら、仲が悪かったのか? そう考えるとゲーム中の2人のやり取りが、俄然、違った色彩をおびてくる。
 4面の大気圏突入時にグレッグたちのために降下艇のハッチを開けるのを拒否するカニンガム。5面の「グレッグ! よそ見をしてる場合かっ!」「次はお前が死ぬ番だ」とか、6面の「捕虜を殺す気かぁ!」とか。mk2に乗っているグレッグが「量産型」に乗っているカニンガムに「その機体の調子はどうですかぁ?」とか。しかも、最終面では、グレッグ、カニンガムの2人で、マービィの増加パーツを背負ったスプリガンと戦うのだが、マービィ機の有線サイコミュをかわすために一番、有効な手段はカニンガムを盾にすることなのだ!
 ふっ、やってくれるぜ、グレッグ。ちなみに、こいつ、敵の女中尉にだけは、めちゃ甘い。困った男である。

00/09/21  代


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