暗黒式雑記群


絡新婦の理

アトラク=ナクア /アリスソフト /WIN95(18禁) /アドベンチャー
♪イェイイェイイェー、ワォ! イェイイェイイェーイ、ワオッー!
 ビ〜ルの〜、谷間のくらや〜みに〜(スパイダーマン)
 ギラリと〜、ひぃかる怒りの眼〜(スパイダーマン)

 という訳で(どういう訳だ?)、アリスソフトの蜘蛛女ビジュアルノベル「アトラク=ナクア」でありんす。本発売時にはマシンスペックが足りず、その後には財政難ゆえ未プレイのゲームだったが、このたび単独タイトル廉価版で再販されたので早速、購入 アーンド プレーイ。
 端的に言えば、「97年当時、アリスソフトがビジュアルノベルを作るとこうなる」というヤツであった。リーフものとはゲームである事に対する方向性が異なるのが興味深い(単独タイトルと、バラエティーソフト収録ものの違いはあるが)。エンディングまでのストーリーは一直線。が、途中の分岐で、物語というよりは個々のキャラクターの状態を変化。章ごとにキャラ状態の組み合わせで発生する場面を散らし、全てのテキストを読む(あるいはCG回収)をゲームの最終目標とする。ルールと勝利条件が明確な分、ツリー構造でストーリーを分岐させるノベルものより、「ゲーム性」が高いとも言えるし、1つの物語を描ききる分、小説要素が強いとも言える。
 また、他の多くのノベルものように一人称ではない。だが、明確な意味での三人称でもない。ようするにコロコロ視点が変わる。おおむねADVゲームって奴は、小説よりも主観要素が少く、また、映像より客観視が少ない。視点の切り替わりの頻度と主観の掘り下げ具合は、小説と漫画の中間あたりに位置する。つまり、巧くやれば双方の利点を引き出せるのだが、これがまたけっこう至難。情報量やタイミングが物を言う。この点、「アトラク=ナクア」は巧い。「主人公 イコール プレイヤー」という基本原則を豪快に無視したことによる一つの勝利だ。
 あと、5時間ちょいで終わるのもいいね。一本道としては普通じゃが。
 シナリオは好き嫌い別れるような気もするが、こんだけ巷の評判が高いんだから市場的にもOKなんでしょう。俺的には大当たりなので問題なし。
 400年を生きる女郎蜘蛛、初音は、宿敵、銀との戦いで傷ついた体を癒し、再戦の時を待つべく、とある高校に結界を張って、潜り込む。謎の転校生に身をやつした初音の餌は、そのものずばり人間。しかも美食家である初音の好みはうるさい。次々とその毒牙にかかる犠牲者たち。死命を司る蜘蛛の前に、人はただ弄ばれるのみ。だが、初音の仇敵である銀もまた、すぐ近くにまで迫っていたのであった。 ♪やっすらぎ捨てて〜、すっべてを捨てて〜、悪を追って〜、空駆ける〜(チェンジ、レオパルドン!)
 初音の悪党ぶりに、もうクラクラッす。400年も生きてりゃ、人間ぐれるし、退屈もする。一つの世界の絶対者の凍り付くような残忍さと、気まぐれに見せる優しさ。その美しい最期をアトラク=ナクア3部作(曲名)が盛り上げる。いや、わかるヤツにしかわからんのだが。ただし、前半戦の非道行為はほどほどにしとかんと、終章でいきなりいい人(蜘蛛)になってしまったように見えるのが難点か。

♪君は、なぁぜ〜、君は、なぁぜ〜、戦い続けるのか、命を賭けて〜
 ひとすじに〜、ひとすじに〜、無敵の男〜、スパイダーマン〜(スパイダーマン)

00/09/19  代


月世界の女

月姫(半月版) /TYPE−MOON /WIN95(同人) /アドベンチャー
 ぼくのなつやすみシリーズ(笑)も3回目、今日の奴でとりあえずお終い。んで、トリを飾りますは、今夏のエモノ中、個人的最大ヒット作。オレ様ストライクゾーンど真ん中の、この一本。サークルTYPE−MOON製作のビジュアルノベル、「月姫」だ。
 「月姫」は端的に言えば「ごった煮伝奇ロマン」ノベルゲームで、今回の夏コミで発売されたのは未完成版。本来、4つあるルートの半分、積極的にトゥルーエンドと関わる(と思われる)2つを収録している。ゆえに「半月版」という訳。んが、半分とはいえ、もともと原稿用紙3500枚過のボリュームを誇る大作。食い足りなさなどは無い。概ね10ちょいの章で構成され、デッドエンドを回避しつつ、エンディングを目指すタイプで、普通にやると10時間ぐらいかかると言った所か。
 一言で評するなら、「とにかく巧い」としか語りようが無い。テキストの文体(こいつが出来ていないと、ビジュアルノベルはガタガタになる)から、シナリオのプロット(特に伏線の解消が秀逸)、「ここぞ」という見せ場の作り方などシナリオのレベルが高い。特に要所要所で用いられている単語の選択が美しい。細かい欠点もあるが、好みの問題とも言える。
 主人公がヒロインを17個にバラバラ殺人という、かつてない幕開けで始まるこのゲームは、「雫」「痕」が構築したギャルゲーの文法をこれ以上なく明確に踏襲し、かつ「ONE」や「Kanon」などが持つ「泣ける恋愛」ものの要素を加味した秀作である。すなわち、96年期に固まった方向性と、それ以降の変種がつくった魅力を併せ持つのだ。同人ながら(同人であるからこそか)、いわゆる「ビジュアルノベル」ものに、かつて遊び手が求めていた諸要素の総決算的価値がある。
 死や破壊に関連する負の衝動。田舎や学校など回帰点と逃避を満たすノスタルジー。自己の確立と肯定の願望。そして自己承認欲求。これらを、死と解放という形でメインテーマにすえ、恋愛でオブラートをかけてエンターテインメント性を確立するギャルゲーの手法。遊び手の願望を満たし、ストーリーを盛り上げるのに最適だが、誰も(それぞれ独自の方向性の修正無しには)オリジナルに近づく事すら適わなかったこの領域に果敢に挑んだことに評価したい。
 押さえるべきポイントを徹底して押さえた上で行なう個性化の獲得。「なんとなくどっかで見たような」のオンパレードながら、量とまとめ方で圧倒する。3本の矢は1本より折れにくいのだ。ただし、束ね方の技術がものを言うが。
 主人公、遠野志貴の眼には幼い頃、事故で死にかけて以来、「モノの死」が視える。どんな物体、どんな生物にも壊れやすい一点、そこをなぞれば「殺して」しまう線がある。志貴の目は、そういった概念でしかないモノを捉えられるのだ。世界は、なんと壊れやすく死に溢れているのか。意識し続けていたら発狂を免れないこの能力を、志貴は8年前に出会った恩人から貰った眼鏡(なぜかかけると死の線が見えなくなる)で抑えこみ、今日まで普通に生きてきた。
 だが、いままで養子扱いで預けられていた親戚の家から、本家である遠野の屋敷に戻ったことから、志貴の日常は急変する。
 偶然、街で見かけた白い服を着た金髪の女。彼女を見た瞬間、志貴は異常な感覚に蝕まれ、気がつけば彼女を「死」を見る能力でバラバラに惨殺する。理由はわからない。遠野志貴はそういう性癖を持つ人間ではなかったし、殺してしまった後でさえ、そんな事をしてしまった理由はわからなかった。
 ところが、翌日。志貴は、昨日殺してしまったはずの女と衝撃の再会をする。
「こんにちは」
 交差点のむこうで彼女はそう囁いたように見えた。志貴は何も考えられず、ただその場から走り出していた。逃げる志貴を彼女は追いかけてくる。やがて路地裏に追いつめられ、そこで彼女の正体を知らされた。女の名はアルクェイドといい、吸血鬼だという。吸血鬼は微笑んだ。アルクェイドは志貴の能力を評価していた。過去においていかなる手段をもってしても殺されなかった自分を一瞬にして殺した人間。その力は、アルクェイドが追う宿敵との戦いに役に立つのではないか。
「わたしを殺した責任、とってもらうからね」
 笑顔で手をさしのべる白い女。
 物語はここから始まる――
 電波が来た人は一緒に冬の完全版を待ちましょう。来なかった人はオフィシャルのサイトを見てください。オレの文章とは比較にならんくらい引きの強いコンテンツがあるから。

00/09/15  代


迸る熱いパトスで思い出を裏切るなら

カノソ64 〜うぐぅ来訪者〜 /いつものところ /ニンテンドー64(同人) /アクション
 さて、今回の「カノソ」は、なんと、同人ながらハードはニンテンドー64です。フルポリゴンのキャラクターが3Dフィールドをぐりぐり動き回ります。主人公は「あゆあゆ」です。

 動物は危険がせまったり、ケガなどをすると、副腎髄質という内臓器からアドレナリンという物質を分泌し、体を緊張させるッ! このアドレナリン量を脳に寄生する「うぐぅ」が感知し……、「寄生虫うぐぅ」は宿主である月宮あゆを、たいやきを強奪させるべく、無敵の肉体に変身させるのだッ! これがッ! これがッ! これが「うぐぅ」だッ! そいつにふれることは死を意味するッ! 武装現象(アームドフェノメノン)ッ!

真琴:「ピロ! 通学路に住む凶暴な野良猫を秋子さんが種の改良をおこない、わたしが戦闘用に訓練したのだッ! 強じんな四肢と高度な知能に加え! 残忍な性格を身につけているッ! ピロを訓練中、ちょいとこいつにじゃれつかれ、さわられただけで、わたしの顔面はごらんのメチャメチャさ! しかし、カワイイやつよ……」

舞:「熱いコーヒー……。かなり嫌いじゃない」
「うぐぅ」と戦う……、地上最強の超能力者。彼女の名は川澄舞!(注、うさ耳は超能力制御用)


 ごめんなさい。今までのは全部、ウソです。ここからがホントです。
カノソ64 〜うぐぅ来訪者〜 /いつものところ /WIN95(同人) /アドベンチャー
 まず、あらためてお断り。今回はクリチカルにネタバレあるよ。
 それでは前回の「既知街2」に引き続き、夏コミ同人ソフトの話。今回はやはり本命馬の1つ、「カノソ64 〜うぐぅ来訪者〜」。あの「思い出を壊す物語」の続編である。タイトルの由来とかは、ネットでちょっと探すと拙者より詳しい人がたくさんいるはずなので、そっちでよろしく。
 前作は数々の格闘系漫画ネタをむりやり「カノン」に詰め込んで、しかもオリジナルに沿って力技でまとめてしまう職人芸を見せつけ話題になった「カノソ」だが、その続編である今回は客の予想を見事に裏切って、かなりまともなテーマ性溢れるストーリーゲームである。そう、よもや誰がパッケージに書いてある宣伝文句、「なぜ少女達は争うのか……、そして真実の友情とは? 死闘の果てに垣間見える壮大な夢物語」、これが「まぎれもない」真実であると予想しえたであろう。ストレートに訴えかけるメッセージは、一見すると、もはや「カノン」のパロディーである必然性がないようにすら見える。まぁ、対象客が「冗談のわかる人」から「カノソをプレイした事があって冗談のわかる人」になった以上、オリジナルとのずれが、さらに一段階、上にきている事はみんな理解しているのだろうが。実際、「64」は「カノソ」の続編と言うよりは、「エピソード1」と言えなくもない。
 そして最終的に物語が行きつく先は、「宇宙英雄物語」の最終章だ。ところが、「64」の真価はここにある。全く別の地点から全く異なる意志を持って生まれたはずの物語が、絶妙のアレンジを加えた卓越した合成により違和感なく1つにまとまりを見せる。さらに、双方のオリジナルの持つテーマや感動を損なうことがない。送り手のメッセージは、むしろオリジナルよりも上手く消化されている。美しい世界の残酷な真実と終焉、別れ。でも、それだけじゃない。お互いにウソじゃないと信じるならば――。
 「カノン」から「カノソ」へ。客の期待する前作のノリを僅かに残しながら「宇宙英雄物語」へ。「宇宙英雄」のパロディーが明確になった段階で完全に予想できる展開を踏襲しつつもプラスαを加え、再び「カノン」へ。好い意味で客を裏切り続けて、締めまで持っていく作品の力は相当のものだ。伝えたい情熱を空回りさせず、諸要素を冷静に組み上げる業に唸らずにはいられない。
 総てが作り手自身で生み出した物語ではない。他人からの借り物を加える事によって初めて成立する感動だ。だが、たとえ他人の褌でも取る相撲が横綱相撲ならば、それは自前の幕下相撲よりはるかにマシではないか。

00/09/14  代


おもしろうて、やがて、かなしき

既知街2 大虐殺 /犬大工&ねこバナナ /WIN98(同人) /アドベンチャー
 ふっ、早いもんだぜ。あの有明の戦いから、はや1ヶ月。こうして、また勉学に勤しめるとはのう。(注。勤しんでいません)
 光陰矢の如し。夏の有明マンガ祭りから、もう一ヶ月が経ちました。せっかくだから、この夏に入手した同人ものの感想でも書こうかね。昨日、やっと買ってきた分、全部終わったし。いや、大した量があったわけじゃないんだけど。まずは、コミケ的大本命ソフト、「既知街2」だ。どうでもいい話だが、うちのパソコンは「きちがい」を一発で「既知街」に変換するようになっちまったよ。
 さて、皆さんご存知、「トゥハート」系虐殺ノベル(と言うほど「残虐行為手当」ではない処が、勝利の鍵かもしれぬ)の「既知街」です。同人ショップなどでもおなじみの定番アイテムですな。アキバとか歩くと立て看板が出てるし(あらためてアキバって所は「聖地」だと思う)。前作は「いきなり中国になってしまった日本」というアヤシサ大爆発、かつ、当局にばれたら大問題的タイトロープな世界を舞台に、馳星周を意識した文学的暴力性を追求した意欲作で、極限状態下に追い詰められた人間の生き様を大胆な筆致で描いて話題を呼びました(という事にしておけば問題はあるまい)。その次回作である今作は、その名に「2」を冠していますが、前作と物語的な関連性はなく、基本的にアニメ版「トゥハート」の話に沿った形で進展するパロディものになっています。ゲーム形式も、ノベル型からテキストウィンドウ型に変更されています。キャラグラフィックも原則として、前に比べれば普通です。
 んが、今回はマジでヤバイです。サイコです。ガイキチです。宗教、怖いです。猫をミキサーにかけたジュースは猫の味がするのです。絵が普通な分、余計に薄ら寒いです。人死にの数こそ前より少ないのですが、数が少ないだけです。
 ですが、救われぬ虐殺の果てに、静かな哀切の情が湧き上がるのは、なぜでしょう? それは痛いほど、悲しくて切なくて。
 留まることなく淡々と物語が流れていくからでしょうか? そこに叙情的なBGMが重なるからでしょうか?
 そして、同時にとても愉快なのは、なぜでしょう?
 何かを、何処かを1つ掛け違えてしまった人たちは、悲しいほどに滑稽で、
「ほんとう、おかしくて、涙が出たのでした」←しまった。これは、またしても別のゲーム。

00/09/12  代


実はパイロットは女だったりして

ジ アンダーステラー2 /スタジオ B−ROOM /WIN98 /シューティング
 ものすごく久しぶりにギャル要素の無いSTGの話。7月末以来ですな。もっとも、完全に女ッ気の無い(パイロットが女、とかも×)タイトルとなると五月末まで遡らにゃならんのですが。まぁ、今回もあくまで「ゲーム自体には」つーパターンだし。さて、という訳で今回、取り上げますは、前回と同じく、スタジオ B−ROOM製作「アンダーステラー2」。たとえシューターであろうとも、エロゲー方面にアンテナを張っていない人は一生気がつかない(とは、言い過ぎか。気がつきにくいぐらいにしておこう)ゲームであります。
 もともと「アンダーステラー2」は、DVD版の「がんぶる!」におまけとして同梱されていたSTGだ。が、特に18禁要素がある訳ではない。現在では単体でイベントでの販売や通販も行なっている。ちなみにお値段のほどは2000円(送料、別途500円)。
 横スクロールのスコアアッタクSTG。2分と4分の2つ(プラスα)のモードがある。操る自機は可変戦闘攻撃機「ギムレット」。戦闘機形態とロボ形態を使い分け、なんとなく「ハイパーデュエル」的。ちなみに、戦闘機形態をストライクモード、ロボ形態をアサルトモードと言うようだが、普通は逆じゃないか? 戦闘機形態は前方集中攻撃型でメインショットは貫通レーザー(残像あり。ゼクセクスとかレイストームでおなじみのアレ)。ロボ時のショットは拡散バルカンで全方向に狙いがつけられる。ただし、ガンホールドは出来ない。両形態ともサブウェポンのミサイル(戦闘機時は前方ばらまき、ロボ時はホーミング)があり、ショットボタン溜めで発射する。通常ショットを撃つと同時に、サブショットの溜めがつくられる。「超兄貴」のメンズビーム方式だ。あとは自機の後ろをオプションが追いかけてきて弾を撃つ。あてにしていないと役に立つ愛いヤツじゃ(そりゃ、ハイスコアを狙うためには100%使いこなす必要があるんだけどさ)。
 基本は4分モードで全種類の敵機が登場する(2分モードはコンテナ艦破壊がメイン)。突入後、巡航用増加パーツを外して変形、迫るザコの群れに備える。さすがに敵の種類自体は多くないが(ボス含め7種なら立派か)、性能差や配置などで、ゲーム展開にはメリハリが上手くついている。ザコはザコらしくひたすら数で押してくるし、大型船はスコアに重要に絡むように出てくる。前方からの実弾兵器を防ぐ奴もいやがる。自機の形態使い分けと位置取りが重要な要素になるため、極めると群がるザコを蹴散らして、高機動のストライクモードで敵の背後に回り込み、アサルトモードに変形。ミサイルで迫るザコを叩きつつ、狙った敵を撃つ、などの場面展開もある。達人のリプレイは、さぞかし美しかろう。
 細かい所まできっちりと作ってあるメカや、爆発時の光源処理などグラフィックは派手で美麗。要求マシンスペックも低い(エロゲー業界としてはシビアな方だが)。「『青の6号』はどうでもいいが、『ゾイド』のポリゴンには痺れる」みたいな人は感銘を受けるかもしれない。あとはボスが攻撃機じゃなくて、人型可変戦闘機なら完璧だったのに。
 正直、スコアアタックだけでは2000円は高い、宇宙空間ゆえ背景がちょっと寂しい(だから、この程度の要求スペックなんだろうが)などが難点だが、「ええもん買ったのぅ」と思わせてくれるSTGであると言えよう(実はオレは金出した訳じゃないんですがね)。もしかしたら、普通の面構成の製品版とか出るかもしんないし。出ないかなぁ。出るといいなぁ。

00/09/10  代


普通って、素晴らしい

がんぶる! /スタジオ B−ROOM /WIN95(18禁) /シューティング
 昔から疑問に思っちょるんじゃが、結局の所、STGとギャルの相性っちゅうヤツは如何なもんなんじゃろか? うちは節操無いから、「STGだろうがエロゲーだろうが、なんでもかかってこいやぁ!」てな感じでやっとるが(つーかこの2つがメインだよなあ)、普通のシューターはギャルモノには、あんまし手を出さんようだ。特に非演出系STGを主食にしてる方々は、その傾向が強いような気がする。
 本来、合い入れるべくもない要素が美少女という強力な磁場ゆえに引きつけられるのか、はたまた「鰹とマヨネーズ」の如く実は相性がいいものなのか。まぁ、結論が出ても誰も喜ばん命題ではあるわな。ただ、日本ってところはどうも、本質的に男の友情が理解できないお国柄(まじめにやるとモーホーの方に行ってしまう)。女っ気を抜くと、無人格のパイロット(イコール、プレイヤー)と自機しか残らんのよな。この場合、機体は当然、女性格な訳だから、完全記号論以外でSTGを語ると「萌え」でなければ「フェチ」になってしまうのか。いや、まったくSTGは本能のゲームですね。ズバッと炸裂、ドカンと爆発。撃って叩いて、いい気持ち。かつて「STGはセックスだ」と、のたもうたはセイブ開発のお人であったか。
 然ればだ。エロゲー畑に一輪のSTGの花が咲いたとて、何ら不思議ではありますまい。時期は年末、98年。華麗に咲いた時代の徒花。魔女っ子どたばたSTG。その名もなんと「がんぶる!」でござい。あ〜、こりゃこりゃ。
 つー訳で(長い前振りだったなぁ)「がんぶる!」です。このゲームは、メイド調教のスタジオB−ROOM謹製の横スクロールSTGです。よってメイドも出ます。つーか、ゲーム中、1、2を争う難敵です。見た目は「マジカルチェイス」と「サンダーフォース」を足して「超兄貴」を掛けます。すみません。「超兄貴」はウソです。ショットを使い分けて、敵を倒して、金を拾って、店でショット、ボンバー、アイテムを買います。経験値制も併用されており、ショット威力が上がります(コンティニュー後も継続)。
 おそらくはウインドウズ環境下において、「家庭用並」つーか「家庭用STGの方法則」をきっちり遵守した上でパッケージソフトとして完成している最初のオリジナルSTGのような気がします。全7面構成ですが、面構成、展開ともにオーソドックスで実に基本に忠実です。
 ストーリーは見習い魔法使いが、島中に散らばった五大元素の宝玉を回収し、宝玉を狙うマッドサイエンティストに制裁を加える、というもの。
 よって、各面はそれぞれボスの精霊に対応した戦場になっており、ボスの個性化と同時にお手軽に面のバリエーションがついています。無属性の面での高速スクロール戦なども基本通りですね。難易度はアイテムによるドーピングが可能なので易、ただし、ヒラ状態でノーコンティニューを狙うなら難、と言ったところでしょうか。妥当なラインでありましょう(ノーマル設定。ただし、マシンスペックにもよる)。ADVモードがSTG戦の緊張感の糸を切るという欠点もありますが、デモ無しモードもある(CD版は要、差分)ので問題ありますまい。
 ゲーム内容は見事なまでに典型的な「弾消しSTG」です。放っておくと画面中が敵の弾だらけになるので、敵が弾を撃つ前に殲滅していきます。逆に自機の当り判定、特に頭がでかいので、あんまし弾除けには向いていません。地形の概念が無いので、ショットの使い分けは敵の出現位置と攻撃方法、属性に合わせます。墜とすにしろ、墜とされるにしろ、一方的な戦いになるうえ、敵爆発の効果音がパコッパコッと小気味いいので、なかなかに好い気分です。ジャラジャラとばらまかれる金を集めていると心が安らぎます。パソコンの高解像度ゆえのくっきりはっきりしたオブジェクトにはコンシューマー機とはまた違った画面の魅力があります。
 安心して遊べる至極まっとうなSTGでありますが、それゆえ「まともな」パッドがほぼ必須です(サイドワインダー? 捨てて来い、オレの求めるパッドには程遠い)。みなさん、IF−SEGAとサターンパッド買いましょう。絶対、損しないから。

00/09/09  代


狼たちの挽歌

アークス・オデッセイ /ウルフチーム /メガドライブ /ロールプレイング
 当初の予定では今回は、「ここは地獄の1丁目。命知らずの江藤蘭世」、「王子まで張った、この麻宮サキ・ヴァシュタールが、なんの因果か落ちぶれて、今じゃ外人部隊の司令。笑いたければ笑うがいいさ」ということで「エリア88」(カプコン)のつもりだったのですが、よりによって今月の「ユーズドゲームズ」で取り上げるんだもんよ。よって、予定を繰り上げて、今回はウルフチームの「アークス・オデッセイ」。さて、タイトルリストのトップから「スーチーパイ」を引きずり下ろすか(笑)。
 ウルフチーム、久しぶりの響きだ。グラフィックとサウンドの重要性に、いち早く目を付けつけつつも、そのバランスをちょいと見誤ったがゆえに、あと一歩がどうしても届かなかったメーカー。ゲーム性のみを過度に信仰し、アニメファンとの同一視を病的にまで恐れた一部ゲーマーに蛇蝎の如く忌み嫌われた悲劇のメーカー群に連なるもの。「アークス・オデッセイ」は、そのウルフチームが91年にメガドライブで発売したアクションRPGだ。X68000版、スーパーファミコン版もある。出すゲームが毎回(いい意味でも、悪い意味でも)「次回作に期待」と言われていた頃のゲームである。
 「アークス・オデッセイ」はウルフチームのパソコン用RPG「アークス」の一部キャラのみを使って、全く新しく作ったARPGだ。近年で言うところの「みつめてナイト」と「同R」のような関係であろうか。キャラの名前と基本設定の一部のみが同じで、あとは外見(Vに合わせたと言えなくもない)も性格も違う。メンツは騎士ジェダ(野郎)、戦士エリン(姐御)、エルフ・ディアナ(ギャル)、魔道士ヴィド(親爺)の4人。ハーフエルフのガキとホビットの盗賊は外された。英断である。
 太古、数日間の殴り合いの果てに光の魔女が、闇の魔女を叩きのめした伝説が残るアルカサス地方。闇の魔女の封印は光の魔女が残した1本の聖剣によって為されている。ところが、闇の魔女復活を目論む謎の宗教テロリストによって聖剣が盗まれたもんだから、さぁ大変。早速、賞金を掛けて、信者どもの根城に勇者の群れを送り込んだが、誰一人帰ってこない結果は、もうお約束。そして、殴り込み第一陣が全滅した頃を見計らって主人公二人組(4人全員では動いていないらしい)がやってくる。おりしも時は、あらゆる魔物の魔力が強まる、千年に一度の「血の満月」。よりによって最悪の状況で「神の泣く穴」に殴り込む大バカヤロウどもの運命や、いかに? これが、逆境だ!というお話。
 ゲームはクォータービューのダンジョン探索型ACT。全7面。キャラのアクションなどから考えても「ダークシール」とかが似ているかもしれない。メガドライブだから、斜め入力も安定。操作性に難はない。ただし、きっちり45度のマップのため、あんまし立体感はない。
 敵はわらわら数にまかせて出てくる上に、飛び道具に頼る卑怯者が多いので、ヒットアンドウェイが戦闘の基本になる。こっちの攻撃も飛び道具なので(例外あり)「影に隠れてタイミングを計り、敵の死角から撃ったら即、逃げる」という華麗な戦いが全面で炸裂する。これで勝てない時は正面から力押しだ。クレバーかつ正々堂々な戦闘。まさに勇者とは、かくあるべしですね。
 ダンジョン内部には、複数のトラップや閉鎖通路などの謎があるが、特に理不尽な難易度のものは無い。面頭からのコンティニューに加え、パスワードもあるので、誰でも何時かはクリアできる。暇な晩に2人同時プレイで一気にクリアするゲームだ。1人でもクリアできる者同士が組んだ時に発揮される、めいめい勝手に戦っているはずなのに何故か生まれるコンビネーションが、君のハートを熱くするだろう(つまり、最初から助け合おうと思っても、あんまし巧くいかない)。
 キャラの組み合わせは、エリンとディアナに限る(つーか、片方は絶対、ディアナ。なぜなら、こいつしか体力回復の魔法が使えないからだ)。接近強打のスペシャリストと遠隔かつ反射弾の黄金コンビで急ぎ働きだ。この場合、2面で拾うオプションキャラは邪教狩りのねーちゃんとナイフ投げのねーちゃんで決まり。
 はっ、しまった! 今回はギャルゲー色の無い話にするつもりだったのに、なぜに!?

00/09/07  代


歴史小説など読みながら思うこと

(注意)今回はいつもにも増してゲームとは関係無く、いつもにも増して個人的な好みをあらわにしています。あらかじめご了承ください。

 先月、朝日新聞の朝刊で連載していた、宮城谷昌光の「沙中の回廊」が完結した。私はこの人の歴史小説は好きなので、新聞の連載小説などと云うものを珍しく欠かさず読んでいた。で、読み終わって思ったこと。
 いやー、つまらなかった。
 相変わらず、ためにはなるのだが、エンターテインメント的な盛り上がりも、文学的な深さも感じられず、この作者の作品としては今一つ出来が良くなかった。何でそんな風になってしまったかと言えば、やはり主人公に問題があるのだろう。
 この小説の主人公の士会(しかい)という人物は、日本では比較的無名の人物かと思われる。少なくとも私はこの作者の別の小説を読むまで名前さえ知らなかった。その理由は司馬遷の『史記』に記述が少ないからだろう。個人について書かれた「列伝」はもちろんだが、諸侯の歴史を書く「世家」にも士氏のそれは無い。晋は公室の権威が落ちる一方で、貴族同士の抗争が激化し、士氏は大半の貴族達と同様に春秋時代のうちに滅んだ。そのため『史記』での士会についての記述は「晋世家」内にわずかにある程度である。
 宮城谷昌光はこのように『史記』の中では影の薄い士会を、これまで何度も取り上げていた。私が読んだだけでも、『夏姫春秋』『孟夏の太陽』『晏子』に登場しているし、『天空の船』などではその祖先についての記述があり、「風の消長」では(漢の高祖の)劉邦がその子孫だと称していた。いずれの場合でも、士会についての評価は常に高く、悪く書くことは無い。
 これは作者が士会という人物を好むという事とは別に、この人物の発見者としての自負がもたらすものだろう。およそ歴史小説書きである以上、こういった世間では知られていなかった歴史上の人物(事実や事件でも可)を、最初に世に知らしめたという栄誉を欲っするのは避けられないだろう。その意味で、この「沙中の回廊」は作者にしてみれば、満を持しての登場であるはずだった。
 で、これを読んでみての感想が冒頭で書いたように、「つまらなかった」である。
 この小説自体を読んでみれば解る通り、士会という人物は「有能過ぎて面白みのない人」の典型だった。
 軍事の天才だが、それと同時に良識のある政治家なので、むやみに武力を用いることをせず、結局その才能がフルに発揮されることは無かった。
 正義感と忠誠心を持った臣だったが、同時に一家の当主としての責任感もあったので、常に石橋を叩いて渡り無理な行動を起こすことは無かった。
 結局、その人生を通してみると、秦に亡命したことを除けばドラマティックな行動は無く、誉められはするが人を感動させるような生き方ではなかった。
 結果論だが、この人物を描くには秦への亡命と晋への帰還を中心とした短編で事足りるのである。それを長編にしたために晋に戻ってから、晩年に政治の主導権を握るまでは、主人公が活躍しない空白期間が長く存在した。
 この空白期間に晋の実権を握っていたのが宰相の趙盾(ちょうとん)である。彼は別に士会と険悪な関係ではなかったはずだが、後に士会が宰相になるときの布石として、ひたすら悪く書かれていた。宮城谷昌光には趙盾を主人公にした短編「孟夏の太陽」があるが、それを読んで感動した身としてはこの「沙中の回廊」は読んでいてしばしば不快だった(まあ、野党の年寄りが、若い首相のやることをひたすら非難すると言うのは、朝日新聞的にはしっくりくるのかもしれないが)。
 主人公を持ち上げるために、敵役を悪し様に書くというのは、歴史小説では良く使われる手法だが、同時にもっとも醜悪な手法だと思う。司馬遼太郎が偉大だったのは、この手法を極力避けたことだ。その意味で宮城谷昌光は司馬遼太郎を継ぐ、または超える存在になると期待していただけにこの小説の出来は残念でならない(もっとも『夏姫春秋』でも趙盾の評価は辛いので、作者の評価は元々低いのだろう)。
 ただ、彼を弁護する要因もある。かつて彼が書いた長編「晏子」では、敵役の立場や内面についても配慮した多面的な描き方をしたために、主人公である晏弱(あんじゃく)・晏嬰(あんえい)父子よりも、敵役である郤克(げきこく)と催杼(さいちょ)の方が目立っていた。あるいは今回はその轍を踏まないようにしたかったのかもしれない。

 私は歴史というものが好きであるが、学問としてやるほどの気力も知識も無いので、エンターテインメントとしての形で味わう程度である。だから面白い歴史小説というものを常に求めているのだが、なかなかそういったものに出会うことは無い。世間で面白いと言われている歴史小説でも面白いと思わないことが多い。
 その理由の大半は今回も書いたように、歴史小説の多くが使う、「敵対者を過度に悪・愚・醜・弱に描くことによって、相対的に主人公を善・賢・美・強とする」という手法が、どうしても肌に合わないためである。
 実際、世の人々がどう感じているかは解らないが、私はこういう事をされると、むしろ逆に主人公までがつまらない人間に見えてくる。人は人との関わりの中で存在する以上、敵・味方を問わずつまらん人間と付き合っている人間はやっぱりつまらない人間に見えてしまう。
 英雄崇拝をすることは、むしろ対象の人格を貶めることになる。今回のことであらためてそう思った。

(余談)上で書いていることは歴史小説を、ファンフィクションと置き換えても成り立つ。特定のキャラを耽溺するあまり、他を低く描く作品は(例えキャラに対する好みが同じでも)不快を感じる。

00/09/04  東


投げろっ、ロボ!

アサルトアーマロイド エンジェリヲ /爆裂工房 /WIN95(18禁) /シューティング
 ここんとこ、STGが出ない。より正確には手に入る形で出ない。アーケードでは、なんだかんだと新作がリリースされているが、簡易ダンスフロアである近場のゲーセンには全く入らない。最後の新作が「サイヴァリア」だ。さらに移植もされん。コンシューマーオリジナルの新作などもってのほかだ。
 ところが、目を同人系PCゲームに向けてみるとSTGはそれなりに活気がある。しかも、なかなかに良質。ユートピアはこんなところにあったのね。なんとなく落武者が群れ集って、隠れ里をつくっているような気もするが。
 さて今回、取り上げますは、爆裂工房製作の格闘STG「アサルトアーマロイド エンジェリヲ」(以下、A3)。エロゲー誌「テックジャイアン」の付録CDで今月号から連載が始まったロボSTGであります。ゲームは基本トップビューの縦スクロール、ボス戦時には画面拡縮を加えて固定画面での一機討ち。今月号には1面のストーリーモードとスコアアタックが収録されている。
 舞台は西暦2500年代。人造人間が操る戦闘用外骨格を用いた代理戦争で国家間の利権争いを解決する時代のお話。当然、出てくる奴ぁ、敵も味方もみな、ギャルだ。孔子曰く、「ミス・ユニバースはもっぱら男が見るが、ミスター・ユニバースは誰も見ない」 孔子じゃなかったかもしれないが真理だ。ロボ、脈動する鉄塊、鋼の鼓動。それを駆る美少女。これぞ、漢のロマンっすよ、ファンタジーっすよ。男には自分の世界がある。例えるなら、空を駆ける一筋の流れ星。
 機体は3タイプ(バランス、格闘、重武装。パイロットも違う。それぞれ、バランス、メガネ、ガキ)から選択。武装はショット、近接、ボンバーの使い分け型で、それぞれにタメ攻撃がある。近接攻撃は非レーザー弾を弾き飛ばす。また近接攻撃は機体によってアクションと性能が異なり、それぞれ違った戦術を要求される場面もある。タメ動作は多少オーバーアクションで微笑ましい。さらに、コマンド入力で敵を掴み、掴んだ敵を潰す、あるいは、投げ飛ばす事が出来る。投げた敵は別の敵に当ると弾き飛ばされ、この連鎖で得点倍率を上げてハイスコアを狙う。
 STGとはいえ、投げが重要なファクターであるため、プレイ感覚はちと特異。むしろ無駄弾を撃たずに、的確なタイミングでタメ撃ちを使う必要がある(ふつうに弾を撃っていてもクリアできる。つーか、そっちの方が安全。ただし、スコアは低くなる)。出現位置を見極めて敵を掴み、より多くの敵を巻き込む角度で反射するように投げる。一瞬の間に要求される判断は(体が覚えるまでは)けっこうシビアだが、それだけに巧く炸裂した時の爽快感は大きい。敵を使って敵を討つ。おらぁ、どっからでもかかってこいやぁ! これで味方を投げられたら完璧だったのに。
 雑誌の値段は1000円。人にもよるが、A3のためだけには正直、ちと高い。1面だけだしな。だが、今月号には他に「バルドバレット」のサバイバルモードもあるし、STG、ACT系(ギャル)ロボゲー好きなら、とりあえず損はあんめぇ。
 買えっ、買うのだっ、皆の衆。無くなってからでは、もう遅い。

00/09/01  代


だめだ、だめだ、だめだ。一度、間を開けて緊張の糸を切ったせいか、じき9月だっていうのに蒸し暑くて不快指数120%エクセレントのせいか、やる気パルスがもどらねぇし、上がらねぇ。テンションは青バツ急下降まっしぐら。取り上げたいゲームはあっても、ネタと論旨がまとまらん。どだい、やってもいない「グランツーリスモ」を「自動車ショー歌」だけでネタにしよう、てのが無理だったんだ(同様に「ケンシロウくんはユリアはんのことを、なんと好いちょるけんのぅ」でオチをつけるためだけに「北斗でBON!!」、つーのも)。実際、金はねーわ、暇はねーわ。むわいにち、むわいにち(中略)いやになっちゃうよぅ。近所のゲーセンには「マーズマトリックス」も、「婆娑羅」も、「ギルティギアX」すら入んないし。ここんとこ、ロクな事がねーし。NARUKAMIさんは原稿書いてくんないし。周囲の人間関係はアレだし。1キロ300円の素麺は店から無くなるし。××の××は×××で×××××だし。えーいっ、伏字にしてもなお、腹立たしいっ。Chonさんへの義理も果たしたし、困る奴もおらなんだし、いっそサイト畳んじまうかッ。

一度だけなら、いいだろう。

00/08/31  代


分け入つても分け入つても青いドラ  ――種田山頭火(ウソ)

ドラえもん /ハドソン /ファミコン /アクション
 さて、発売されましたな、「ドラクエZ」。例によって、わしゃ、買いませんが。全盛期ほどではないにせよ、今回も行列や引ったくりなどの騒動があったようです。そこで、今回は、これらの騒動の遠因の1つ、ファミコンのハドソン版「ドラえもん」の話。
 一見、何の関係も無いように見えるドラクエの行列と「ドラえもん」ですが、「北京での蝶の羽ばたきが、巡りめぐってニューヨークでハリケーンを起こす」ように物事というヤツはどこかで綿密に繋がっているのです。「ドラえもん」が発売されたのは86年年末、一方、「ドラクエ2」は翌1月。そう、86年末のクリスマス商戦のダメージ(工場のROM不足、店の不良在庫)が、年明け発売ゲームの初期生産数を抑えさせ、「ドラクエ2」は入手困難に。この時、植え付けられた危機感がさらに翌年のV発売時の大行列を生むのです。結果、今なお、ドラクエは行列をつくって買うゲーム。全国の「ドラクエZ」を強奪された被害者諸君。生まれの不幸(?)を呪うがいい。ハドソンの「ドラえもん」とアイレムの「魔鐘」がいけないのだよ。
 と、まぁ、裏づけのないデマはこのぐらいにして。しかし、ドラえもんのゲームつーのはろくなのがないね、いや、まったく。ファミコンの昔(アルカディア版とかスーパーカセットビジョン版は論外)から結構な数が出てるのだが、世のドラキチどもが納得するヤツってあるんじゃろうか? 思うに、テーマを劇場版よろしく、「友情とエコロジー」で固めるのがアカンのとちゃうやろか。ドラえもんのテーマ、つったら、「覗きと復讐」しかねぇよなぁ!
 さて、問題のハドソン版だが、こいつは比較的マシな方だと思う。人に薦めても心が痛まないぞ。いや、別に何を薦めても俺は痛くないが。ゲームは映画の「宇宙開拓史」、「大魔境」、「海底鬼岩城」をモチーフにした3部構成になっている。「開拓史」編がハーフトップビュー(一部、サイドビュー)のACT、「大魔境」編が横スクロールSTG、「海底」編がサイドビューのアクションSTGだ。ほほう、けっこう豪華な内容ですな。ちなみにプレイヤーが操作するのはドラえもんのみ。
 「開拓史」編は、アイテムを集めながらマップ内をさ迷い歩き、コーヤコーヤ星地上げを目論むガルタイト工業に単身、殴り込む。鉄砲玉ドラえもん。ゲーム的には「チャレンジャー」だと思って間違いない。「大魔境」編では、後ろにジャイアンとスネ夫を従えて、バウワンコ遺跡に殴り込む。火山弾だ、オプションだ、輪っかレーザーだ。今なら、「573」に訴えられそうだ。「海底」編では、アイテム(一度に持てる数に制限あり。よってパズル要素強し)を抱えて、海底を右往左往したあげく、アトランティスの戦闘人工知能の首を取るべく単身、鬼岩城に(以下略)。……やたら暴力的だな、このドラえもんは。
 システム面から見るに、ドラえもんである必然性がほとんど無いのが特徴だが、おかげで多少なりともまともなゲームに仕上がったものと推測できる。昔のゲームによくある不条理な難易度や劣悪な操作性も無く、健全な青少年にトラウマを残すようなことは無いはずだ。遊んで楽しいかどうかは、ともかく。
 そういや、このゲームが発売された頃、ゲーム開発秘話として、「企画だけ残してアメリカに高飛びしようとする開発者を、高橋名人が空港まで追いかける友情物語」が載っていたが、ウソなんだろうな、やっぱし。

00/08/29  代


パクリと言えば、それまでだが……

堕ちた天使が詩う歌 Song of Innocence /PiAS /WIN95(18禁) /アドベンチャー
 ――時は2023年、今より少し未来の話。21世紀だからといって、何か変わったことがあるでもなく、今と変わらない日常風景。ただ1999年に世界が滅びなかったことに、わずかに落胆している人がいることぐらいが違いかもしれない。そんな日常の中で暮らす若者達にとって、この年が関東大震災から百年後であることなど頭の片隅にもなかった――

 DOS末期にリーフが世に送り出したヴィジュアルノベル「雫」と「痕」はエロゲー業界の内外にセンセーションを巻き起こした。それにあやかって二匹目、三匹目のドジョウを狙おうと無数のバチモンが店頭に並ぶことになった。この「堕ちた天使が詩う歌」(略して「堕天詩」)もその中の一つだったのだが……。

 ――舞台はとある高校。ごく普通の生徒が、ごく普通の授業を教わる、ごく普通の学校である。ただ、この敷地には元は修道院が建っていた関係で、ミッション系でもないのに礼拝堂が建っており、また図書館にはその修道院から引き継いだ旧い書物が積んである。他には、この学校は都市部からやや離れていることもあって、生徒のほとんどが寮暮らしをしているのが特徴かもしれない――

 普通の高校を舞台にしているあたりが「雫」なんだが、「雫」の舞台が現実にどこにでも存在する普通の(つまらない)高校なのに対し、「堕天詩」の舞台はむしろフィクションにおけるご都合主義の典型のような高校である。例えば寮は全室個室でキッチンがあるなど、やけに設備が整っている。その一方で図書館にはラテン語で書かれた写本がのうのうと置かれている。いかにも何かがありそうな雰囲気と、妙に居心地の良さそうな生活空間が合わさっていて、ちょっと通ってみたくなる。

 ――主人公は寮で暮らすこの高校の一生徒。最近、毎晩のように「月の下で自分が死んでいく」という奇妙な夢を見ている。そんなある日、校庭で音楽教師の墜死体が発見される。しかし、「それ」は教職員と駆けつけた警官達の目の前から突然消え失せる。主人公はこの学校の養護教諭である叔母から目撃者探しをするように言われるのだが――

 主人公が毎晩、奇妙な夢を見るのは「痕」の、親戚の教職員に探偵のまね事をやらされるのは「雫」の出だしまんまである。しかし二つともやるというのは発想の転換だった。

 ――調べていく過程で事件に三人の少女が関わってくる。

 入学時から気があって、今では親友と言っていい関係にある少女。
 主人公が密かに憧れていた(そして主人公に密かに憧れていた)少女。
 事件の中で初めて出会った、可愛いが、何か秘密を抱えた少女。

 彼女達は同じ学校の同学年の生徒であり、お互いの関係は「知らないでもない」程度のものだった。ただ彼女達が持っているある共通の「素質」のために、ある存在が彼女達を利用しようとしていた――

 ヒロインが三人というのは「雫」と同じなのだが、このゲームが(見方にもよるが)「雫よりも優れているのは、三人のヒロイン達の扱い方だろう。
 「雫」(および「痕」)にはトゥルーエンドというものがあり、そのエンディングにたどり着く話のヒロインが(一応)ゲームのメインヒロインとなっている。それに対して、この「堕天詩」では三人のヒロインは同格だ。
 三人が同格といっても、キャラに個性が無いという訳ではないし、また話が平坦という訳でもない。ヒロイン三人は明確に個別化がなされており、特に主人公との関係は各人で微妙に異なる。一口に恋人同士と言っても恋愛の相手によって異なった関係になると言うのは、恋愛というものの多面性を感じさせて面白い。どんな異性が好みかという事は、どんな恋愛がしたいかという事と同義である。

 ――奇妙な夢と奇妙な事件。その裏にはこの世界そのものを崩壊させようとする陰謀が隠されていた。「白い魔法使いと黒い魔法使い」「堕ちた天使グリゴリ」「黙示禄」。歴史の影で行なわれていた戦いに主人公は否応無く巻き込まれていく――

 「雫」がエセSF、「痕」が和風伝記物(と見せかけてやっぱりSF)だったのに対し「堕天詩」はオカルト。オカルトの元の意味のとおり、「隠された知識」を巡っての戦いが繰り広げられる。
 また、「雫」や「痕」にあった逃れられない閉塞感や「重さ」に較べ、『堕天詩』は危機的状況や破滅にさえ秘密めいた華やかさと美しさがある。

 ――主人公の行動は三人の少女の運命を、延いてはこの世界の存亡を決めることになる。絶望の中で終焉を迎えるのか。笑顔と共に明日を歩むのか。全てはこれからだ――

 このゲームのシステムはヴィジュアルノベル(パッケージに堂々と書いてある)で、基本的に画面全体に文字が表示されストーリーが進展、時々出る選択肢によって分岐して行き、最終的にエンディングにたどり着く。エンディングは八つで、三人のヒロインに一つずつのハッピーエンドと、一つ〜二つのバットエンドがある。ヴィジュアルノベルの伝統としてバットエンドは、単なる失敗ではなく、見るべき一つのエンディングである。全エンディングを見るとおまけのギャクシナリオがプレイできる。
 あと、システムと言うよりは演出なのだが、ストーリーはいくつかの章に分かれており、基本的に選択肢は次にどの章に行くかを決定する。各章には日本語と英語のタイトルが付いているが、二つのタイトルは表面的には意味が合っていない。ここらへんと「天使」等の単語がからんでくるあたり、かなり「エヴァンゲリオン」な感じである。
 この他にも小技的な演出がゲームの雰囲気を創り出している。タイトル画面で最初は閉じていたヒロイン達の目が、各々のシナリオをクリアすると開いていくのには「ニヤリ」とさせられた。

 このゲーム、リーフのヴィジュアルノベルのパクリなのは間違い無い。ただそれを隠そうとせずむしろ堂々とやりながらも、違った味付けを加えることに終始したのは良い意味での開き直りだと思う。だからあえてこれをパクリと言わず、「アレンジ」と言うことにする。

(追記) 各章のタイトルが「エヴァ」的なのは確信犯だろうが、パッケージのヒロイン三人が「魔法騎士(マジックナイト)」になってしまったのは、おそらく不可抗力なんだろう。同世代のタイプの違う女の子を三人並べようとすると、ああなってしまうのは「ノエル2」などでも立証されていることだから。

00/08/24  東


明日はどっちだ?

 10日間のご無沙汰でした。
 この1週間、私は軽井沢の別荘で療養を満喫しておりました。日中はプライベートビーチで波と戯れ、夜は星を眺めて過ごしました。日が落ちると、気温が零下にまで下がるのですが、そのぶん、夜空は美しく、オーロラや南十字星を初めて見る事ができました――みたいな、どうでもいいホラはおいといて、
 いかんな、10日もグータラ生活を続けると、何もやる気が出んわ。
 さて、数え間違いがなければ、今回でこの雑記も通算100回目です。4ヶ月で100回だから、ほぼ毎日更新できたようです。もっとも、日記みたいなもんなんだから、「当たり前だ」つー話もありますが。そこで、100回を境に、うちのサイトの今後を少し考えたいと思います。
 まず、雑記ですが、やばいっす。ネタが尽きるっす。2、3ヶ月以内にという話ではありませんが、サイト開設時に「1、2年は楽勝じゃわい」とタカをくくっていたようにはいかんようです(最初は週一ぐらいのペースのつもりだったのですが)。ネタがなくなったら、どうするか問題っす。また、中身の方も、ゲームの紹介をやるのか、そのゲームについて何を思ったかを書くのか、誰に対して書くのか、などを一度、考え直す必要があるかもしれません。
 また、小説も(Chonさんのヤツはいいとして)「このままでいいのか」という疑問があります。例えるなら、確実に信頼性のある歴史資料が発見されつつある現状においてなお、「南京大虐殺は無かった(豊臣秀吉は宇宙人だった、とか、古代アメリカは日本だった、でも可)」的なものを書いているのはいかがなものか、って事ですな。とはいえ、オリジナルなんか書いてもしょうがないような気もするし、そもそも小説書く必要があるのか、オレ?
 他にも、もうちっと見てくれる人が喜びそうなコンテンツを増やしたいのですが、現状の戦力で出来ることは、ほんとぉ〜に限られているし、いや、まいりましたね、こりゃ。
 そーいう訳なので、何かエレガントなアイデアがある方は、是非に教えてください。メール、掲示板などで、24時間、年中無休で受け付けております。

00/08/23  代


PS言うたら、「ファンタシースター」やろ!

時の継承者 ファンタシースターV /セガ /メガドライブ /ロールプレイング
 「セガが作るとRPGはこうなる」に始まったが、「セガが作ってもRPGはこうなる」とか、「セガが作ったから、こうなってしまった」みたいなところまできてしまった「ファンタシースター」シリーズ。いやー、よかったよ。「PSオンライン」の舞台がアルゴル太陽系じゃなくて。これで、慌てて手を出さずに済む。そこで、今回は歴史から(ほぼ)抹殺されたRPG、「時の継承者 ファンタシースターV」(以下、PSV)の話。
 PSVは90年に発売されたRPGだが、当時からあんまし評判のよろしくないゲームであった。美点も多かったが、欠点も多かった「U」を様々な点で改善したのだが、その結果、長所もなくなってしまったのだ。やれやれだぜ。「ブロクシード」の筐体を餌に早解きコンテストなんかやったもんだから、さらに印象が悪い。その後、発売されたシリーズ総決算となる「W」では(ゲーム中、多少の話も出てくるが)Vの存在が設定上で大きな矛盾となっている。さらに後に発売された設定資料集では(資料が残っていなかったんだろうが)扱いが小さい事この上ない。せめて、キャラクターの紹介ぐらいしようよ。まるで、なかったことにされたみたいじゃないか。まぁ、タイトルから考えるに、はなから正統後継作のつもりはなかったんだろうが。
 結局、嫁取りRPGのパイオニアとか、敵キャラの大胸筋とか、ダンジョン脱出アイテムを使った裏技(最初のイベントである地下牢への投獄から自力で脱出する、アーンド、バグを利用して2代目のシナリオをすっ飛ばす)ぐらいしか記憶に残らんPSVだが、今にして思えばシナリオに先見の明ちゅうか、光るものがあるような気がする。
 メガドライブ史上屈指の名曲から始まるPSVは、傷を持つ者たちがそれでも未来を求めてもがく物語だ。何かを求めて得られなかった者、互いに分かり合う事ができなかった者、ゲームの登場人物たちは運命に翻弄され、傷つき、敗北した者たちだ。世代を重ね、世界の真相に触れていけばいくほど、前世紀の勇者たちの悲劇が物語に影を落とす。だが、彼らはただ犠牲になったのではない。2000年前、諸悪の根源に敗北し、母星破壊(直接の原因になるのは「U」の主人公どもなんだよな。困ったもんだ)を阻止できなかった勇者が、それでも脱出用移民宇宙船のコントロールだけは奪取したように、消えていった者たちは明日への希望を残す。最終章の主人公はその遺志を受け継ぎ、残された希望の欠片を繋いで、千年の縛鎖を解くのだ。人の想いが暗黒の千年紀を打ち払う。そして、僅かながら輝く予感の啓示。
 「久遠の絆」みたいだなー。シナリオ部分のみ強化して、ノベルもんにしたらいけるかも。

00/08/13  代


ドカンと一発、殺ってみようよ

バルクスラッシュ /ハドソン /サターン /シューティング
 浜の真砂は尽きるとも、世にロボットの種は尽きまじ。つーわけで、またいろいろ出てるようですな、ロボゲーが。もう大ブレイクしそうなジャンルでは絶対にないが、やはり作ってみたくなるもんなんじゃろうか。じゃが、32ビット機以降、いろいろ出たけど結局、「バーチャロン」と「アーマードコア」ぐらいしか残らんかったのう(「ガングリフォン」? ほら、あれは「ジャンプできる戦車」だから)。
 だがな、面白い、つぁ面白いんじゃが、なんか釈然とせんのよ。あえて誤解を怖れずに言うなら、「苦行を強いられるのがしんどい時もある」つーか。やっぱ骨の髄まで平面が染み付いたオールドタイプには、ニュータイプの3D戦闘にはついていけんのじゃろうか。天国のクルスト・モーゼス博士、教えてください! 僕はどうすればいいんですか?
「はっはっはっ。めんどうな位置合わせは機械にやらせればいいにょ」
 なるほどぉ! 一応、説明しとくとクルスト博士ってのは、サターン版のガンダムでニュータイプをぶち殺すための機械を造ったおじさんな。いや、べつに「にょ」とは言わんが。
 つー訳で(今回いつにも増して強引)、サターンの3DゴンポリSTGの雄、「バルクスラッシュ」(以下、BS)の話。
 BSは97年7月にハドソンから発売された3DSTGだ。戦闘機←→ロボに変形可能な自機「ガーデュアル」を操って全7面を戦うコンシューマーオリジナルSTG。暗い所で眼が光る特技を持つ主人公が、現地調達したナビゲーターのおねーちゃんといちゃつきながら、惑星破壊兵器の停止パスワードを集めてまわる話である。最後の敵は幼馴染のギャルだが、遠慮なく襲ってくるし、容赦なくぶち殺す。惨ぇ。その後、主人公は何事もなかったかのようにナビゲーターとくっつく。ひでぇ。
 自機は戦闘機時にはバルカンとお約束のロックオン攻撃を行なう。ナビゲーターの念力で自機からニョキニョキとミサイルが生えてくる様は見ていて圧巻だ。そして、ロボ時の攻撃は、バルカン、サーベル、手榴弾と、どこぞのテムジン28号を彷彿とさせる。戦闘機のミサイルでザコを一掃、あるいはボスに打撃、ロボの手榴弾で地上物(どう見ても敵とは関係ない物ばっかや)を連鎖爆発させて点を稼いでいくゲームである。
 たいした前評判もなしにサターン市場に姿を現したBSだが、評価はそれなりに高い。佳作、つー事で異論がある人はいないと思われる。美点は「ゲーム」を作ったこと。このゲーム、他の多くの3DSTGと違ってシミュレーター要素が丸っきり無いのよね。自機の挙動、パッドで遊ぶ事を前提に整えられた操作系、ゲームシステムを活かすためのマップ構成。地に足がついたコンセプトワークは賞賛に値する。シミュレーターである事が悪いのではない。が、「実際に存在しないもののリアリティー」というは前提からして間違った要素は、1つ穿き違えるとお互いに不幸しか呼ばん。結果、消えていったロボゲーのなんと多いことか。
 ゲームの核を絞り込み、不必要な要素を潔く排除。だが、前半の拠点破壊戦と、ボス戦の大型機動兵器との一騎討ちで異なる操作感覚を要求するため、プレイ印象は豪華。自機の形態ごとの能力分化は、それぞれ違ったベクトルで行なわれ、「あちらを立たてればこちらが立たず」型の性格分けはしていない。よって、変形にリスクが無く、戦闘機時のゲームとロボ時のゲームの切り替えがスムーズに行なわれる。
 BSの要である、ナビゲーターの念力で瞬間的に自機が敵の方を向くシステムは、大型機動兵器に迫る迫力を純度を上げて遊び手に提供する。よく特撮モノで怪獣の周りを戦闘機が周回する場面があるが、まさにそれだ(ボスにロボ形態で立ち向かうと、怪獣と戦う人間の気分が満喫できる。特に1面)。どうしても自分で敵を追い詰めたい人はナビを使わなければいい。
 地上物破壊はパズル要素が強く、より多くの連爆を起こしたければ、起爆点、爆風の追跡、微妙な旋回など最終的に要求される技能は多い。小手先のテクニックが介在する余地がないというのは誤りだ。爆風を追うために小気味よく走ることができる自機の速度バランスも見事と言えよう。
 そういや、面の途中でナビゲーターを換えた時、それまでの女はどうなるんだろうか(オープニングではナビによって、操縦席が違うようだが)。やっぱし、戦場のど真ん中に置き去りか。
「大切なパートナーではなかったのか?」
「ふっ。国に帰れば、ヤツらの代わりなど幾らでもいるわ」 
 ほんまになー。

00/08/12  代


グランプリの馬鹿

新世紀GPX サイバーフォーミュラ /タカラ /スーパーファミコン /レース
 前回、東が「サイバーフォーミュラ」の話を書いたので、今回はそのゲーム版の話でござるよ。毎回この形がつくれればいいんじゃが、世の中、さすがにそう上手くはいかんのが残念じゃ。
 拙者、「ゲーム、ヴァリトゥード教」の信者なので、全てのゲームに等しく存在価値を認めているが、実際にどんなジャンルでも手を出すわけではない。面白さが解らない、出来ないなどの諸事情でやらないジャンルもけっこうある(これは拙者が悪いのであって、ゲームが悪いのではない)。たとえばレースゲームがそうだ。しかし、物事には例外が付き物。こんだけ星の数ほどゲームがあれば、レースゲームが出来ない奴でも遊べるタイトルが幾つか存在する。スーパーファミコン版「サイバーフォーミュラ」(以下、SF版)もその1つだ。
 SF版はテレビ放映が終了して、しばらく経った92年3月にタカラから発売された。システムは最近とんとお見かけしなくなったトップビューのレースゲーム。各ボタンで加速、減速、変形、ブースト。そしてLRボタンでドリフトと自称する謎のサイドステップという操作系を持つ。テレビシリーズを(ほぼ)忠実に再現したストーリーモードと、好きなマシンでグランプリを戦う(走るだけ)モードがある。
 はっきし言って、サイバーフォーミュラ、レースゲームの熱心なファンにお勧めできる代物ではない。が、しかし、それはすなわち「熱心じゃないファンにならお勧め」を意味するッ!
 SF版は、バカサーキットやイベントなどの原作の諸要素はきっちり押さえてある。ところが当然、実際のゲームではアニメと全く同じに事が進む訳がない。押さえるべきところは押さえているはずなのに発生するギャップの嵐。このゲームはそれを楽しむのだ。つまり、SF版は原作の魅力の再体験しながら、なおかつ、「なんでやねん」とツッコミを楽しむ事が出来るゲームなのである。
 原作で有利に戦ったコースではなぜか苦戦し、逆にボロ負けしたコースではゲームでは勝てる勝てる。生意気な敵車をグランドキャニオンやペルーの谷底に突き落とせ! スーパーアスラーダは変形を使いこなさないといけない分、不利なのでこいつが導入される前にポイントを貯めておく。他の連中の順位はアニメに順ずるので上手くやれば前半戦だけでワールドチャンピオンだ! 最終戦直前(すでにワールドチャンプ確定である場合が多い)の2台のマシンで走ることを決意するイベントは、原作と異なりアイデアを出すのが監督なので主人公の威厳まるで無し! この情けなさは、メガドラ版「ふしぎの海のナディア」でのネモ船長の伝説の名セリフ、「すまんが、スーパーキャッチ光線を何とかしてくれるかね」に匹敵する。
 また、このゲームに要求される操作感覚は、実はレースゲームよりSTGに近かったりする。まともなレースゲームであるよりアニメの再現であろうとした(英断だ)結果、SF版は多少、特殊なシステムを持つ。マシンには耐久力があり、これが残燃料やボディの損傷を示す。0になればリタイアだ。普通に走っている分には問題ないが、ブーストを使うと消費が激しい。ところがだ。ブーストしっぱなしでも1周は出来る。しかも、曲がれるのだ、減速なしでほとんどのコーナーが! サイバーフォーミュラだからブーストで暴走を始めた奴にはブーストをかけなきゃ追い付けない。カンのいい方なら、おわかりであろう。予選タイムアタックをブースト全開で1周だけ走って、ポールを取る。スタートと同時にブーストをかけて後続を引き離し、あとは逃げ切り。注意すべきはコーナーでのライン取りなどではなく、周回遅れの敵車を「避ける」こと。これはもはや、高速スクロールで敵機を避けるSTGと全く変わらん。フルスロットル、全速力だぁ〜(そりゃ、ルーベンカイザーや)。
 後半戦になると、普通では曲がりきれない急カーブも出てくるが、そこでは前述の謎の超ドリフトが役に立つ。コーナー突入と同時にボタンをぽちっとな。マシンは謎のエネルギーで横にスライドし、直角的にコーナーを脱出。はっ! これは、イナーシャルドリフト! 主人公がOVA版で会得する必殺技を先取りしていたとは、やるなタカラ!(そんなバカな)
 このぐらいインチキレースだと、拙者にも出来る、走れる、あまつさえ勝てる(他だと「モトローダー」ぐらいか)。まじめに走ってるコンピューターどもをインチキ技でぶっちぎり、チェッカーフラッグを受けるのだ。 ♪オレは馬鹿だ〜(バカ〜)、グランプリの〜(バカ〜)、ばぁ〜かぁ〜だぁ〜

00/08/10  代

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