暗黒式雑記群


真(チェーンジッ!)・サクラ大戦

花組対戦コラムス /セガ /サターン /パズル
♪売り上げが 地に墜ちて 震える羽田に〜
 愛の歌 高らかに 躍りでる戦士たち〜
 心まで 鋼鉄に 武装する乙女〜
 媚びを振りまいて 血の花、咲かすのだ〜  
 という訳で、前回、東がアニメ版「サクラ大戦」の話を書いたので、今回はゲームの話。が、「サクラ大戦」そのものではなくコラムスの方。だって、わしら、まじめに「さくら大戦」やってないもんよ。「すみれ大戦」とか「マリア大戦」ならやった奴がいるんじゃがね。あと「サクラ大戦」も「コラムス」もメジャータイトルなので細かい事はいちいち説明しません。
 「花組対戦コラムス」(以下、花コラ)は「サクラ大戦」のキャラクターの日常の諍いごとをコラムスで表現した哲学的なADVです。当時、流行った「パズル玉商法」ですな(もし、落ちモノパズルのブームがまだ続いていたら、コナミは「キャラが背景で踊るパズル」の特許でも主張するんじゃろか)。
 「サクラ大戦」の美点に「低難易度のゲームを丁寧に作り込む」という事がある(だから1のあれはベストバランスなんじゃよ)が、「花コラ」でもそれは健在だ。元祖コラムスより宝石の吸着が遅いので土壇場の粘りが効くようになっている。「連鎖」と「キャラ対戦」の要素を持つ第3世代以降の落ちモノのなかでも後発組なので、システムが円熟に達している。ヒモ(原作)付きゲームの利点であるキャラの個性化も高レベルだ。また、時宝石(所定カウントの間、消せない宝石)や攻撃(防御)技のレベル溜め等の「花コラ」独自の要素が前述の低難易度と合わさって、的確な連鎖を狙う打ち筋と、反射神経にモノを言わせて泥仕合に持ちこむ打ち筋を両立させているのも面白い。バカ要素(前提が間違っとるんだからしょうがないが)が多いのと、多少、絵が荒れているのが気になるが、たぶん許容範囲だと思う。
 各種モードも露骨な手抜きが無い。特にシナリオに関しては、よくまぁ、こんだけ良い意味で毒にも薬にもならん話をこさえたものだ、と感心させられる。誉めてんですよ、一応。特にパズルとパズルを繋ぐダイアログはさすがに見事だ。最小限の台詞のやり取りだけでテンションを落とさずに物語を進行させつつ、自然にコラムス勝負に持ちこまなきゃいかんだから。しかも「サクラ大戦」の雰囲気を壊さずに。なかなか出来るもんじゃない。
 ゲームを誰に売るのか、そいつは何をすれば喜ぶ奴なのか。きっちりとした見切りをつける事。シングルヒットを狙って、きっちりヒットが打てる奴はホームランバッターよりも貴重だ。こういう仕事もこなすから、なんだかんだ言いつつも大手メーカーのゲームとは縁が切れない。
 時は流れ、本編のみならず「花コラ」も2が発売された。だが、これにはまだ手をつけてない。俺にとってサクラ……じゃなくて、「紅蘭大戦」は1で終わったのよ。
「レニっ! 今日から帝撃の隊長はお前だ! 俺は花やしき支部に行く!」

00/07/10  代


真・サクラ大戦

 サクラ大戦です。
 DC版で最初のがリメイクされたという話ではないし、「『3』が待ち遠しいねー」、という話でもない。アニメの話です。
 始まったときから眼は通しておいたんだが、一言で言うならば「普通でよろしい」。
 基本的な流れはゲームと同じだが切る所は切り、ふくらます所はふくらまして、広井王子とあかほりさとるが後先考えずに作った話をうまく再構成させている。特に評価できる点は、ゲームがキャラクターを前面に押し出すことを最優先にしていたのに対し、アニメではストーリーがあって、その中の役割を考えてキャラクターが配置されていること。そのおかげで人間集団としてのバランスがとても良くなっている。
 メインヒロインにしてはいまいち影の薄かったさくらを、主人公に据え直す事でストーリーがはっきりとしてくるし、主人公という枷をはずされた大神君は、できるエリート海軍士官というアイデンティティーを存分に発揮している。まあ、電波なアイリスとか、意地悪な(と言うより厳しい)先輩のすみれとかは、ゲームやった人間の中では結構、拒否反応が出ているようだ(私的には両方ともOKだが)。
 他にも、加山君&月組の皆さんとか、すみれの父親とか、権爺とか、『2』とかで出てきた新キャラ達でも、『1』のころからいたはずの人々はそれなりに活躍している(織姫とかレニとか藤枝(妹)とかは出てこないが、出てくると色々面倒なんで出来ればこのまま出てこないでほしいなー)。
 また、キャラクターの描き方も面白い。六、七話あたりで面子が揃ったあと、六人のヒロインの話を一人ずつやっていくんたが、そのときのヒロインひとりだけを描くのではなく、他の誰か(すみれの話ではさくら、カンナの話ではすみれ、マリアの話では大神君)をからめながら描くことによって、ゲームでは恋愛対象でしかなかった彼女達の違った面を見せている。
 そんなこんなを考えると、続編作るたんびに話のつじつまが合わなくなってくるゲームよりも、こちらの方がいい話が出来そうだ。後半のストーリーなんて好き勝手いじっても誰も文句言わないから、ぜひこのまま上手くまとめて、こちらの方が正統といえるぐらいになってほしいものだ。

 そんなことを考えながら第十三話を見たんだが……。
 ……新エンディング『ゲキテイ音頭』……。
 ……だめかも……。

00/07/09  東


人に黒歴史あり

キングスナイト /スクウェア /ファミコン /ロールプレイング
 さて、今日はいよいよ「ファイナルファンタジー\」の発売日だ。俺は買わんがな。そこで、今回は日本一のRPGに敬意を表して、スクウェア初のコンシューマーRPG「キングスナイト」の話(注、世間では、こういう事を「いやがらせ」と言います)。
 「キングスナイト」は、パソコンで武名を鳴らしてファミコンに参入し、「テグザー」のヨモスエ移植でユーザーを震え上がらせたスクウェアが、初のコンシューマーオリジナル作品として86年に発売した縦スクロール「RPG」だ。一見、STGのように見えて、その実はやはりSTGだが、RPGである。RPGと言ってるんだから、そうなんだろうよ(最近では素人にはレースゲームにしか見えないRPGも作ったっけな)。「里見の謎」に先駆けること10年前に、すでに縦スクロールのRPGを作っていたとは、さすがはスクウェアである。まぁ、世の中には「頭脳戦艦ガル」というのもあるが。とは言え、昔は糸井重里が「RPGとはスクロールするゲームのこと」と言っていたぐらいだから、彼らだけを責めるのは酷というものか。
 ゲーム的には、ばらまかれる敵弾をかわし、ショットで地形をバリバリ削りながらアイテムをかき集めるシューティ……じゃなくてRPGである。勝利のためには連射パッドが必須。最強段階のショットで紙を引き裂くように目の前の土手を掘り進むのは、なかなかに爽快だ。他のRPGでは、ちょっと味わえない感覚である(そりゃ、そうだ)。
 ストーリーは、邪悪な竜にさらわれたお姫様(だめだ。こいつらの名前が思いだせん。やっぱし、攻略マンガ捨てるんじゃなかった)を奪還すべく立ち上がる4人の勇者の戦いの軌跡である。自己申告で集まった、そこぬけ奪還チームのメンツは、馬に乗らない騎士レイジャック(ロビンマスクみたいな外見。ちなみに攻略マンガでは別に騎士でもなんでもない、ただのあんちゃんである。某ロードスの騎士みたいなもんか)、光の魔道士カリバ(どこらへんが光かと言えば、そりゃ頭頂部が)、着ぐるみ怪獣バルーサ(「バブルボブル」のバブルンだと思って間違いない。お姫様の愛玩動物らしい。趣味はTVゲーム、特技は16連射。ホントだぞ)、謎の少年盗賊トビー(赤いリンク。当然、他の奴より3倍速い)の4人。おい、「王様お付きのの騎士」が1人もいないじゃないか。
 1〜4面で、それぞれがめいめい勝手に敵本拠地を目指し、5面で(生き残った奴だけが)合流してラスボスに挑む。おぉ、まるで「ドラクエW」のようだ! 5面では4人揃っているので、火力は4倍! に、ならないのが「キングスナイト」の「キングスナイト」たる由縁である(弾を撃つのは先頭キャラだけ)。だが当り判定は当然、全員分ある。あまつさえ、ヒットポイントは1〜4面クリア時の平均値になりやがる。人間(例外あり)連戦すれば消耗するもの。うわー、なんて世知辛いリアリズム! さらにその上、ラスボスの首を取るには4人全員が所定のダメージを叩き込まなければならない。役立たず含めて、メンツが揃わないとクリアできないあたりが、「ドラクエU」みたいだ。そういや、エンディングは「スーパーマリオ」に、よぉ似とるなー。
 ちなみに前半の個人戦で、各人が最終面で使う魔法のパーツ(確か魔幻石とか言ったような?)を集め、全部揃えていれば所定の場所で魔法が発動するのじゃが、絶対必要なのはトビーが使う壁を消す魔法のみ。特にカリバのカッパを消す魔法は全く必要ない。ジジイ、お前、本当に伝説の魔法使いか?
 後に発売されたパソコン版ではSTGだけでなく、RPGらしくダンジョン部分も追加された。だが、固定画面の迷路内をキャラクターが移動して戦闘。そういうのは業界的にはアクションとかパズルとか言うと思う。

00/07/07  代


秋には秋の物語があります

デイズイノセント /インスパイア /WIN95(18禁) /アドベンチャー

 こもれびに
 秘かに紅し
 かえで色

 身体が弱いせいで、これまで世間から隔絶された生活を送ってきた楓。
 でも、この二学期からは麓の女子校に通うことになりました。
 世間を知らない楓に対して、世話女房な従姉の睦月(実は……)、
明るさが取り柄の関西人あかり、立場ゆえ素直になれないゆりか、おっとりイギリス人留学生リディアの四人が中心となって楓の面倒を見るのでした。
 楓は次第に学校にも慣れ、彼女たちにも心を許してゆきます。
 そして季節が夏から秋に移るとともに、終夏の陽の光に照らされた楓の葉は、色づいてゆくのでした。

 少し特殊な形式のビジュアルノベルです。
 時間はリアルタイムに流れ、おのおのの場所で起きるイベントを、選択してゆくことにより話が進んでゆきます。
 あなたは無名の第三者の立場で、少女たちの心のつむがれる様を、ただ眺めるのです。
 エンディングは上記の4名のみ、分岐もフラグを意識させることなく短時間でエンディングを見ることが出来ます。
 形式は特殊ですが、シナリオの力だけで楽しませる古きよき時代のビジュアルノベルを継承しています。レズものですが、その押さえた雰囲気が心にしみます。

 楓の純粋さゆえに、少女たちは引きつけられ、痛々しいほどに自分の心に向き合わされるのです。

00/07/06  森脇


クローズアップ現代

 毎月3、18、21、30日と言えば、ここのページを見るような人ならば何の日か、すぐにわかると思う。ご存知、月刊エロゲー専門誌の発売日だ(厳密には他にもあるが)。
 最近、エロゲー誌を読むのが、なかなかに面白い。何が面白いって、
 大まかなシステムも、シナリオの骨子も、キャラクターの造形も性格も、ほぼありとあらゆるパターンが既に何処かで誰かに使われ、あるいは消費されきった状況で、
 ユーザーの嗜好は先鋭かつ固定化され、もはや業界全体を巻き込む一大ムーブメントなど起こしようもない現状で、
 それでも少しでも新しい要素を捻り出して、スマッシュヒットを狙うゲーム開発者たちの思考(嗜好)錯誤の山が、実にエクセレントでワンダフルでデンジャラスで、そしてアンビリーバブルで面白いのである。そう、エロゲーは最後のフロンティアなのだ。自分の足の下に金鉱が眠っていることを夢見て生きる漢たちの輝ける戦場なのである。まぁ、墓場でもあるが。
 毎月毎月、わんさと発売される新作ゲームのなかで頭一歩抜き出るために、あーでもない、こーでもないとよくネタを考えると思う。エロゲーって、よくも悪くも完成度が低い業界だから、勝利の鍵としてオーソドックスな要素にプラスされる、そのゲーム独自の要素のさじ加減がモノを言う。何か今までに誰も見た事がない新ネタ(既存のものの斬新な組み合わせでも可)を投入すべく、業界の企画屋やシナリオ担当が知恵を出そうとしている。
 かと思えば、その横ではゲームを構成する要素が冷徹なまでに記号化、分類されて、新しい解釈を許さない現実がある。開発者たちが狙う理念ががんじがらめの鎖の中で、個々に独自の変遷を遂げていく様はなかなかに興味深い。創りたい物を創るもの、本気で天下を取るつもりのもの。製品を提供するプロの視点と、納得のいく表現物を産み出す作家の視点。多種多様な価値観がエロゲーという一元的な土俵の上で乱立している。
 また、数ヶ月遅れ(流行りを取り入れてから、ゲームが出来るまでのタイムラグ)で顕れる世のトレンドの姿がなかなか趣がある。「なるへそ。やはり今はこういうのが受けるのか」とあらためて気づかせてくれる。他にも、同じことをやっても許されるメーカーと許されないメーカーがあるのも面白い。
 学園ラブコメの呪縛から解き放たれ(同時に、それは次の定番ジャンルが形成できなかった事も意味する)、「泣き」と「萌え」、あるいは「鬼畜」という分析だけでは通用しなくなった現在、現象論としてのエロゲーはますます痛快になってきたと言えよう。
 もっとも、早く誰か、対非エロゲーマー用の理論武装を完成させるべきだと思うんじゃが。ぼちぼち第2次ピンクパージが始まるような気がするんだけどにゃ〜。

00/07/06  代 


だから、動くなって言ってんだろーがっ!

ピクシーガーデン /エスコット /プレイステーション /育成シミュレーション
 「妖精を見るには妖精の目がいる」とは、「戦闘妖精 雪風」(ハヤカワ文庫)の一節。この言葉の意味を嫌んなるくらい実感させてくれるゲームが「ピクシーガーデン」である。
 同名パソコンゲームのアレンジ移植、と言いたいところだが、ゲーム内容が全く違うので別ものと考えたほうがいい。建前上は「プリンセスメーカー」以降の「ギャル育てゲー」。しかもあんまし最近見なくなった、ちまちまと数値を増やしていって、ご褒美に時々イベントCGを見るシナリオ無しタイプだ。表面上は、キュートでロリーな複数種の妖精を育てて「にんまり」とダークサイドな笑みを浮かべる、その筋のマニア垂涎の育成SLGだ。だがしかし、「ピクシーガーデン」の真の姿は全く別のところにある。そう、このゲームは、
 「悪の組織の改造人間作成SLG」ならびに「幼稚園の保母さん体験ACT」
なのだ。
 「ピクシーガーデン」において妖精を育成する目的は惑星のテラフォーミングのためである。惑星の極点に妖精を配置し、人柱(妖精柱?)にして、ちゅーちゅーと妖精の精霊力を星に吸わせることで人間が居住可能な惑星を造るのだ。妖精に人権は無いのである(そりゃ、そうだ)。妖精の育成は、軌道上に停泊した母船内の人工環境で行う。妖精を育成するガーデンに、精霊力を放射するオブジェクトを設置し、その放射を受けて妖精はより高位のものに進化していく。ゴジラザウルスを核爆弾で殴るとゴジラが出来るようなものだ。
 ところが、このゲームの妖精は高位になればなるほど(まぁ、最初期段階からして「メスのウルトラマン、尻尾付き」なんだが)、なぜか外見が奇天烈になっていくのだ。怪奇クワガタ女やクラゲ娘なんてのは、まだマシな方で最終的には「頭から巨大ロボの腕を生やした綾波レイ」みたいな奴までいる。ここまでくると、もはや「妖精」ではなく「怪人」と言ったほうが正しい。
 また、オブジェクトの放射精霊力には有効範囲があって、規定の範囲外に出ると効果が無くなってしまう。よって、妖精には設置したオブジェクトの近くでじっとしていてもらいたいのだが、この妖精どもこっちの都合など気にせずに好き放題走り回りやがる。しかも妖精は最大で7匹いるのだ。逃げた1匹を捕まえに、目を離した瞬間に別の1匹が逃げ出しやがる。プレイヤーはゲーム中では、SLGらしく数値の増減を分析、調整する事より、好き勝手に暴れ回る幼児どもをひたすら追い掛け回す事の方が多い。32種類あるイベントも、「あぁーっ、×××ゲルゲ(嘘)が暴走して惑星の精霊力が大ピンチです!」みたいな奴が多い。いやまったく、「妖精を見るには〜」とは、良く言ったもんだ。そうだよなー。幼児と接する時はガキの視点でなきゃ駄目だよなー。
 このゲーム、はっきし言ってSLGとしては底が浅……、いえいえ、お手軽な難易度なので、普段この手のゲームをやらない人でも苦労せずにエンディングが見られると思う。勝利の鍵は攻略のアドバイスを信じない事(笑)。全進化系統樹を埋めてクリアした時に見られるトゥルーエンドの、短い時間での象徴的な演出は(「苦労と釣り合わん」という意見もあるだろうが)、「センスで勝負だ!」という気概が溢れていてゲームの締めとして納得できる。相当に嫌いじゃない。
 「行列を乱すガキを注意せずにはいられない人」や「緩衝撃材の気泡を全部ぷちぷちと潰さずにはいられない人」にお勧めするゲームである。 

00/07/03  代


来るべき未来

魔法騎士レイアース /セガ /サターン /ロールプレイング
 セガってところは昔から「ドラクエ」みたいなRPGが欲しくて欲しくて、もう一つおまけに欲しくてたまらないメーカーで、そのための努力もいろいろやってきたのだが、やはり、つーかなんちゅーか、なに1つ報われなかったかわいそうな会社である。どだい、「RPG」という単語を商標でとられて「ロープレ」なんて言ってた時点で戦略的に負けているんじゃが。
 しかし、ポストドラクエを狙う事を最初から期待されていなかったRPGの中に出来がいいものが幾つかあるのも、この会社の愉快と言えば愉快な所である。で、サターン初期のRPG、「レイアース」もその1つ。
 このゲームは、一昔前に放送していた同名アニメのアクションRPGである。原作は、CLAMPという「話のラスボスを主人公の身内にする事」と「東京タワー」に異様な執念を見せるおねーちゃん漫画家集団による、日本に古来より伝わる「ヘンなおねーちゃんが刀を振りまわす」話である。その特徴は「イクサー1」と「グランゾート」を足して2で割らないこと。「セーラームーン」の成功に気を良くした講談社の小さいおねぇちゃんをターゲットに見せかけて、怪しいおにいさんで稼ぐメディアミックスの一環だ。
 セガは同アニメのスポンサーだったので何本かのゲーム(あと人形など)をつくったのだが、サターン版とゲームギア版の2の出来が、なかなかに良好である。
 サターン版は原作の第1部を基本にしたARPGだ。諸事情によりゲームだけで完結するようになっている(よって敵の幹部どもが死ぬ死ぬ)。建前は小さいお友達をメインターゲットにしていたので、造りは懇切丁寧で親切、難易度も簡単。ところが、セガというメーカーに骨の髄まで染み込んだ大きいお友達を相手にするノウハウが、このゲームにある種、異様なハイクオリティーを与えてしまう。
 3人の主人公の能力差による個性化と快適な操作性は数あるARPGの中でも屈指。ゲームの進行により習得していく特殊能力と謎解きの密接な連動は、知識的達成感と操作的達成感を同時に満たし、ゲームの続行欲をおおいにかきたてる。本筋に支障をきたさない(ふつうにやってれば、ゲームプレイ上必要なアイテムは揃えられるが、パーフェクトを狙うのはそれなりに至難)おまけ要素も好感度が高い。サターンオリジナルの要素(光の最終魔法が犬であること。風の武器が最後まで弓である事。などなど)も面白い。操作するデフォルメキャラの造形やアクションも完成度が高く、アニメと違和感が無い。まぁ、最後に縦スクロールシューティングになるのはご愛嬌ということで。エメロードロボの光子力ビームは笑えるけどな。
 なによりグラフィックが素晴らしい。渾身のドットワーク、高解像度のキャラグラフィック、モデリングによる質感あるオブジェクト。半透明処理などの新しいハードウェア演出。粗いシネパックとはいえ、まともなアニメムービー。これらが一体となって映し出されるゲーム世界。32ビット機が現れ、形だけの次世代を謳うRPGばかりだった頃、「レイアース」の画像は確かに、今まで誰も見た事が無い新世代の「ゲーム」映像だったのだ。既存技術のパワーアップだけではなく、「パワーアップ プラス 新技術」だったのだから。その衝撃は夢滓やPS2の映像の比ではない。いい時代になったもんじゃ、と思ったものよ。この時はな!
 その後、豪快な値崩れを起こしていたくらいだから、あんまし売れなかったんだろうが、サターン屈指のRPGの1つとして雑誌での評価が最後まで高かった一品である。逆に言えば、そんだけサターンにはろくなRPGが無い、つーことなんじゃが。
 でもな、セガよ。どんなにいいもん作ったとしても、ふつう小さい女の子はサターンなんか買わねぇだろ。「木に依りて、魚を求む」て言葉、知ってますかぁ?

00/07/02  代


転校前日ピンポンダッシュ

トゥルー・ラブストーリー Remenber My Heart /アスキー /プレイステーション /恋愛シミュレーション

 この世には2種類の漢しかいない。転校に憧れる輩と、幼馴染みに憧れる輩である。
−バーナード・ショウ−

 ……とかいう嘘八百はともかく。
 あと1カ月で転校する主人公。一年(以上)を過ごした高校に別れる告げる身となって、はじめて思い立った。
「彼女が欲しい!!」
 虫のいい話である。しかも、おあつらえ向きに、友達以上恋人未満な世話好きの幼馴染み、主人公に影ながら憧れる妹の親友、密かに主人公を想う学園のヒロインをはじめ、あまりにタイムリーに現れる美少女ども。
 時は今! 賽は振られたのだ! とばかりに第2種および第3種接近遭遇を謀る主人公。だが、敵も決して甘くはない。
 ただまとわりついてもせいぜい仲良くなれるだけだ。確実に陥落させるためには、彼奴らの性格と嗜好を全て調べ上げ、その行動を分析し、弱みを見せる決定的瞬間に居合わせねばならない。しかも、下校時の奴らは心拍数が上昇すると確実に逃走する。当たり障りのない話題で点数を稼ぎ、数少ない休日に目当ての場所へと誘い出さねばならない。一流のハンターにのみ勝利の瞬間は訪れるのだ。
 最後の仕上げは告白だ。明日にも転校するというその日まで、絶対その事実を知られてはならない。当日、寝耳に水の知らせに動揺する敵に、「ピンポンダッシュ作戦」でトドメを撃て! これで、告白即遠距離恋愛という夢のシチュエーションが手に入るのだ!!
 なお、井上喜久子と西村ちなみがCVを当てていても、先生と妹はノンターゲットである。そこに注意して任務を遂行して欲しい。では、ごきげんよう、フェルプスくん。

 ……とかいうファンにフクロにされそうな解説はともかく。
 「真実の恋愛」があるかどうかはわからないが、「恋愛の真実」は大盛りである。愛は非情なのだ。

00/07/01  Chon


ああ、×××があるってすばらしい

アイドル雀士スーチーパイRemix /ジャレコ /サターン /麻雀
 もはや私にとって、ジャレコといえばスーチーパイ、スーチーパイといえばジャレコなのであって、いまさら説明の必要もないのだが、この境地に達するまでには厳しい修行と天性の素質が必要なので、読者の方々の理解を得るには幾ばくかの説明をせねばなるまい。
 スーチーパイシリーズは、18禁アーケード脱衣麻雀として知られているが、最初はスーパーファミコンで発売されたギャル麻雀ゲーであった。当時は名前も「美少女雀士スーチーパイ」であり、今時厨房でも驚かない程度のお色気しか搭載していなかった。しかしながら、園田健一師のキャラデザと、テンポよく疾走する掛け合いは当時から健在。人気を博してアーケードに進出、めでたく「アイドル雀士〜」として脱衣界にデビューするのである。
 そして、セガサターン登場とほぼ同時にスーチーはコンシューマーに帰ってきた。記念すべきその作品の名は「アイドル雀士スーチーパイSpecial」。豪華声優陣とアーケードを上回るクオリティをひっさげてご家庭に上陸した、愛と真実のヒロイン・スーチーパイであったが、一つだけ重大な欠点があった。そう、「乳首がなかった」のである。
 当時、セガは18禁を許可するか、あるいは禁止するか腰が定まっていなかった。(腰が定まらないと言うか、何をしたいのかわからないのは今も同じだが。)そのため、MA−18という、「18歳未満禁止」でも「18歳以上推奨」でもない、謎のレーティングを発明したのだ。その表現手法とは、水着限界でもパンチラ禁止でも消しやカットが入るわけでもない。ただただ、「裸のおねーちゃんに乳首がない」という、余人には理解不能なものであった。
 スーチストは怒りながらもパッケージをレジに運び、画面に現出するシュールな画像に涙し、その行き場のない感情を全てアンケートハガキにぶつけたのであった。
 その後、セガの18禁解禁を受けて、ジャレコとファンの悲願はこの「Remix」で達成される。だが、その発売本数はわずかであり、「乳首のあるスーチーパイ」を拝めたのはごく限られた人数に過ぎなかったのである。
 なお、スーチーパイはセガに今一度苦杯を嘗めさせられることになる。「スーチーパイ3」は、「18禁ゲームのイメージが強い」という一言で「アイドル雀士をつくっちゃおう」という名に改名を余儀なくされるのである。

 私はこの「Remix」をプレイするたびに、セガという会社の不明を思う。「負けるべくして負ける会社である」と。

 ……え? ゲームの評価? スーチー2の方が良いゲームだよ。美少女漫才もキレがひと味違うしね。

00/06/30  Chon


俺とダブルゼータガンダム −暗黒式−

ガンダム・ザ・バトルマスター2 /バンダイ /プレイステーション /アクション
 むかしむかし、ある国の王様が目の不自由な人を何人か集めました。王様は彼らに「地球連邦軍の白いモビルスーツ」を触らせて、「ガンダムとはいかなるものか?」と問いました。ある人は「ガンダムとはロボアクションです」と答え、またある人は「ガンダムとは人間ドラマです」と言い、さらにある人は「ガンダムとはミリタリーロマンです」と主張しました。彼らの言葉を聞いた王様は、こう言いました。
「駄目だ、こりゃ」
 かのようにガンダマニアの業は深い。特にゲームの場合は、本来のガンダム道の異端に属するのでひねくれ方がさらに妙だ。最近になってようやく「ギレンの野望」あたりで最大公約数の軟着陸点を見つけたが、その隣には「Gジェネレーション」みたいなのも並んでいる。結局、「ガンダム」のどの要素を抽出、強化してゲームを作るかということなのだが、そこに開発者側の哲学や事情が如実に見え隠れするのが面白い所である。
 そして、数多のガンダムゲームの中でも、かなり異色の開き直りを見せたものに「ガンダム・ザ・バトルマスター」(以下、GBM)がある。このゲームは「初代ガンダム」から「逆襲のシャア」に登場した幾つかのモビルスーツによる対戦格闘だ。特筆すべきは、世界設定やストーリーが全くガンダムと関係無いオリジナルである事。メカだけを借りてきてオリジナルのロボゲーを作ったわけだ。
 すなわち、物語や設定によらない記号としてのモビルスーツだけを用いてゲームにしたのである。また、さらに一歩割りきって各MSの特徴、より正確には番組演出上与えられたメカのギミックを、対戦格闘のキャラクターの個性と断定して用いている。そこに本来あるべきメカの理屈は無い。しかし、「GBM」はただ対戦格闘のキャラクターにMSを当てはめただけではなく、MSによる対戦「ゲーム」としての説得力を出す事に成功している。違和感なく描き込まれたパーツと、それらを無理なく動かすプログラムが、「ガンダム」のメカ戦闘を対戦格闘のシステムの中でリアルに表現しているのだ。タコ怪人と化したハイゴッグの地獄突きが文句無くカッコいいのはそのためだ。
 で、「GBM2」になると、さらに対戦格闘ゲームとして発展強化がされている。使用可能なMSは隠し含めて20体。主役機と大ボスをきちんと抑えているあたりが好感度が高い。超必殺技の採用や全体的なスピードアップなど、前作の反省を活かして爽快感重視になっている。それでも巨大機械の激突という、一歩間違えればバカ要素になってしまうファクターは健在だ。アッガイ対ビグザム(極太レーザーをサイドステップで見切って自分より3倍でかい相手にアッガイ昇竜拳!)やボール対サイコガンダムmkV(掘削ドリルでサイコの後頭部に穴を開けてやれ!)が白眉だろう。
 「運び屋のおばちゃん(ほんとは若いと思うが絵では老けて見える)と謎のガキの2人連れが、次から次へとインネンを吹っ掛けてくるMS乗りどもを始末しながら、交流を深めていく」ストーリーモードも心あたたまる。ウソは言ってないな、うむ。
 また、「GBM2」のダブルゼータは素晴らしい。撃ってよし、斬ってよし、殴ってよし。くらえ、ミサイル。決めろ、ハイメガ粒子砲。横に膨らんだ重武装機ではなく、縦にスマートでスピードも標準以上。まさに無敵の決戦兵器。しかもパイロットは女(ニュータイプ、萌え度高し)。これぞ、真のダブルゼータだ。誰が何と言おうと、テレビや「センチネル」の方が間違ってるんじゃ。マスターグレードFAΖΖなんか出しとる場合じゃないぞ。

00/06/29  代


「汝はナメクジ以下じゃ」 byウォーレン

伝説のオウガバトル /クエスト /スーパーファミコン /シミュレーション
 帝都ゼテギネアの城門を前にして、俺は決意を新たにしていた。幾多の強敵達を倒し、幾条もの涙を目の当たりにしてきた。トリスタン王子、聖騎士ラウニー、法王ノルン、天空の三騎士、そして多くの兵士達。多くの仲間が挫けそうになる俺を支え、あの日の誓いが俺の足を進めてくれた。ここまでの道のりは長かった。だが、あそこで待つ暗黒の女王エンドラを倒せば、全て報われる。

「ヴェリサリウス様。各地の解放に向かっていた部隊が戻って参りました」
 兵の声に振り向くと、聖母アイーシャと湖の騎士ランスロットが近づいてきた。その側にはサラディン師の姿も見える。待ちかねていた、最後の解放部隊が戻ってきたのだ。
「ハミルトン卿、ご苦労でした」
「ヴェリサリウス様。お待たせいたしました」
 歴戦の勇士、忠義の人ランスロットが軽く頭を垂れる。
「森の中の教会で、ついに奴めを見つけました」
「なに! ついにあのガレスを!!」
 俺の心は安堵に満たされた。反乱軍の行く手を絶対的な魔の力で脅かしていた、あの黒太子ガレスの本体が、やっと我らの前に姿を現したのだ。
「それで、ハミルトン卿!」
「激戦でしたが、サラディン師とアイーシャ殿のお力添えで、奴めの悪逆に終止符を打つことが出来ました」
「ランスロット殿は謙遜が過ぎる。あの時ガレスの前に飛び込んでくれねば、我らは今頃あの地獄の業火に骨まで焼かれていたであろう。あなたの勇気があればこそ、あの奈落の怪物をもとの住処に追い返すことが出来たのだ」
 サラディン師の言に、アイーシャが頷く。あの魔の体現者が再び現れることはない。そう思っただけで、俺の中で希望がいや増すのを感じた。
「よし。良くやってくれました。これで、残る敵は女帝エンドラのみ。長きに渡るゼテギネアの混乱を、ついに終わらせることが出来る」
 拳を握りしめる俺に、ランスロットが近づいてくる。
「道中手に入れたタロットカードです。お納め下さい」
「ああ、ありがとう」
 差し出された数枚のカードを手に取る。
「ワールド、……デビル、タワー、ハングドマン。…………」

 ……リセット。(そういうゲームだ(^^;;;)

00/06/27  Chon


俺とガンダム −暗黒式−

機動戦士ガンダム /バンダイ /サターン /アクション
 このゲームは『機動戦士ガンダム』のストーリーをもとにした、横スクロール型のアクションシューティングで、プレイヤーはアムロになってガンダムを操縦し、一年戦争を戦い抜くことになる。
 今、アムロになってと書いたが、これがこのゲームの重要な所。
 このゲームはサターンでは最初に出た『ガンダム』のゲームだが、次世代機ではすでにPS版で3D・コクピット視点のゲームが出ていた。このPS版、MSシミュレーターとしては良く出来ていたが、逆に良く出来すぎていてアニメと同じようなことをするには、ゲーマーもニュータイプでもなければやってられなかった。そこらへんの救済措置は一応とられているのだが、「ハイパーバズーカは威力は低いが誘導するぞ」あたりは、ガンダマニアにすると「……違う」と言いたくなるものだった。他にもビグ・ザムと正面から撃ち合ったりして、少なくとも最初の『ガンダム』を再現するというコンセプトからは、大きく外れていた。
 それに対してこのサターン版はオールドタイプのゲーマーが、気楽にニュータイプの気分を楽しめるようになっている。
 例えばこのゲームの売りで、画面の奥や手前からくる敵をロックしてからまとめて倒すロックオン攻撃は、ガンダムの能力というよりもアムロの能力をシステム化したものだ。
 また、原作の設定を踏襲した、「使い回しのいいビームライフルと弾数は少ないが、着弾すると爆散して大ダメージを与えるハイパーバズーカ」は見事に使い分けが出来ている。
 武器は他に頭部バルカン、シールド、ビームサーベル、ビームジャベリンと一通り揃って……、ジャベリン?!
 そう、ビームジャベリン。イセリナ率いる「ガルマ様仇討ち部隊」のガウをグサグサ突き刺しまくったアレだ。この武器、サーベルよりも威力は低いがリーチがあり、地上戦ではこのリーチが生死を分けるのでかなり重宝する。こんな色物があって、なおかつ使えるんだからたいしたもんだ。これでハンマーがあれば言うこと無いんだが。
 操作ではサターンのパットをフル活用。シールド防御しながら敵をロック、そのまま前にジャンプしながらサーベルで斬りつける。私は右手の親指があと2本欲しくなった。キーコンフィグが勝負を決めるので、納得いくまでセッティングした方が良いかも。
 ストーリーは映画版の『機動戦士ガンダム』に従う。だから援護してくれる戦闘機はGファイターではなくコアブースター。ジャブロー以後はガンタンクが無くなってガンキャノン×2。でもテキサスではマ・クベのギャンが襲ってくる。名セリフ「あの壷をキシリア様に、あれはいい物だぁー」もある(なぜ死んだんだ塩沢兼人)。あとガトーも出てきます。二回も。いやホント。多分ガトー。
 ガンダムはリアルなミリタリードラマっていうイメージが強いから、ゲーム作るときにみんなしてリアルに作ろうとするようだ。けど最初の『ガンダム』見直してみればわかるとおり、実際はガンダムが雑魚を蹴散らしてからボスキャラと戦うといった、2Dのアクションやシューティング的な戦闘をしている。だから遊んでみると2Dの方が断然ガンダムって気がするのは当然の結果なのだ。
 最後に余談。このゲームシステムを継承して『Ζ』のゲームが出たがかなり不評だった。理由は色々あるが実は『Ζ』は『ガンダム』の続編ではあるが、ガンダムとは戦いの形が異なっている。『Ζ』では敵との一騎討ちが基本で、主人公もライバル達も新しい機体に乗りかえながらくり返し戦う。そういった戦いを再現するには2Dのスクロール型は向いてない。だから今度はPSの対戦アクション・シューティングの方が正しかったりする。

00/06/26  東


エナメル姫を見て、「ゼクセクス」を思い出したのは私だけだろうか?

エナメルパニック!! /F&C /WIN95(18禁) /シューティング
(ナレーション、広川 太一郎)なすすべもなく立ち尽くす古代。艦長席へ歩を運ぶと、思わず沖田の遺影に語り掛けるのであった。
(声、富山 敬)「……沖田さん、僕は……。STGゲーマー古代は、どう……、どうすれば……。沖田さん! あなたなら今どう戦いますか。教えてください、沖田さん!」
(声、納谷 悟郎)「……古代よ。わしにはもうお前に教える事は何もない。お前は立派に成長したエロゲーユーザーだよ。古代、エロゲーのユーザーなら、エロゲーを信頼するんだ」
「エロゲーを信頼する!?」
「そうだ。お前にはまだ武器が残されているではないか。戦うための武器が」
「お願いです、沖田さん。教えてください。どこにあるんです? 何が武器なんです?」
「『萌え』だよ……」
「えっ!?」
「『えなパ』にはまだギャルが残っているじゃないか……。なぁ、古代。CG100パーセントの回収欲はゲームバランスに立ち向かえる最後の武器なのだ! クソゲーを買って何になる? 金の無駄じゃないか? 誰もがそう考えるだろう。わしもそう思う。――だが古代、ぷに萌えのおねぃちゃんが媚びを振りまいてゆけば大きな力が生まれる。そうしてこそ初めて不可能が可能になってくるのだ! 古代、お前にはまだギャルがある。萌えているじゃないか! 美少女の命を活かすのはお前の使命なんだ。『萌え』ある限り戦え。わかるな、古代……」

ふふふ、わかっていた……。最初からわかっていたことさ……。(しばらくしたら、まともなヤツを書きます)

00/06/23  代


見よ! 大いなるバビロンが近づいた!

 今日の日中、のんべんだらりんと新開発の呪いの効果を試していた(少しウソ)時のことだ。アパートのドアを次々と規則的にノックして回る音が聞こえてきた。うちのアパートは壁が薄いから、外の音はたいていつつぬけである。「何とかしてくれ」とは思うが、新聞の勧誘やNHKの集金を撃退するのには役に立っている。なんせ正体がわかったら出なきゃいいんだから。
 で、よ〜く聞いていると、今日のヤツは宗教らしい。「聖書についてお話しませんか?」っていう例のアレだ。おぉ、久しぶりじゃないか。こういうオモシロ系のやつは、ぜひ相手をせねば。
 そうだな〜、「創世記の32章にヤコブが神の使いとスデゴロをやって、大腿骨を叩き折られたという記述がありますが、これってやっぱし、ローキックですか?」(バーイ、『邪神ハンター』青心社)あたりの話題をふってみるか! さぁ、どっからでも来やがれ! 聖書について熱く語ろうじゃないか!
 かのように意気込んで、ドアの前で待っていたのだが、なななんと、オレの部屋だけ素通りしやがった。神の力でこっちの邪悪な電波を察知したのか、それとも数年前に来た時に、「私、邪教徒ですから」と、にこやかに追い返したのをチェックされていたのか。とにかくガッカシ。
 しかし宗教の力はスゴイわい。よくこんな日中に真面目に布教活動にいそしめるわ。わしゃ、自分の欲望のため以外には、指一本動かす気力もないのでマジで尊敬します。だが、すまん。拙者はすでにゲームという悪魔に魂を(かなり格安で)売った裏切り者のデビルマン。神の存在や信仰に人一倍興味があっても、それはあくまでネタの対象としての興味。心から信ずる事など、もうできんのじゃよ。
 とかくオタクってやつぁ、宗教と相性が悪い。例えば、某総理の「神の国」発言とかもそうだ。「久遠の絆」とかにはまった奴なら、「日本は天皇中心の神の国」と言われて、ああそうですねと文字通りに納得するだろう。当然、民主主義との矛盾なんて一切なくだ。だが、彼らが国家神道に傾倒するかと言えば、そんなこたぁ絶対にないんだな、これが。冷めた目で情報だけを貪欲に追いかけるから、本質には手を出さんのよ。
 まぁ、オタク文化ってヤツは、それ自体が独特の価値観を強固に形成する宗教みたいなもんだから(異端審問や魔女狩りがあるところも似てる)、いまさら他の価値観に身を委ねるわけにはいかんか。そういう意味では、うちの近所はさぞかし布教がやりにくかろうなー。なんせ、このアパートって、そんな奴らが多そうだからにゃ〜。

00/06/23  代


これが勝利の鍵だ!   「プッチンプリン」

電忍アレスタ /コンパイル /メガCD /シューティング
 あー、なんか今回はタイトルだけで言いたいことを全部言ってしまったような気がするでござるよ。
 ま、いいや。いまや立派な饅頭屋に成長を果たしたコンパイルだが、かつては西日本を代表するSTGメーカーの1つだった時期もあった。んで、そのコンパイルの持つSTGタイトル「アレスタ」の最終作一歩手前が、「電忍アレスタ」だ。一応、「電忍2」の話もあったんじゃがな、やっぱ出なかったのよ。末期のメガドライブは、ほ・ん・とぉ〜に! こんなんばっかじゃ。
 前作「武者アレスタ」の成功に気をよくして、「メガドラのアレスタは和風ロボでいこう」と思ったかどうかは知らないが、コンパイル10周年記念作品として「電忍アレスタ」はメガCDで華々しく発売された。しかし結果は(以下略)。(血脈が絶えたわけではないが)アレスタの歴史は、この次の「GGアレスタU」で終わることになる。「スプリガンパワード」なんてのもあるけどねぇ。あれを勘定に入れるかどうかは微妙でござる。
 いや、「電忍」は悪いゲームじゃないですよ。ものすごく丁寧に作ってあんのはわかるし。ただ、その丁寧につくった所がことごとく「アレスタ」ではなかった、というのが難点でして。細かい演出は多いが、細かすぎて目を引かないとか、伝統の高速スクロールはあるが、ゲームのテンポのせいで実感しにくいとか、やっぱしゲームって奴は「ここがウリ!」てところを思いっきり強調しないと駄目なのね。
 で、「電忍」のウリになる点じゃが……、やっぱ設定かねぇ。
 豊臣秀吉がまだ、木下藤吉郎だったころ。都のはてに金目教という怪しい宗教が……、じゃなくて。1543年、種子島に漂着したポルトガル人から伝来された巨大人型兵器「鉄甲兵」。その存在は従来の戦術を一変させ、時流に乗った列強以外の国をあっさりと勢力範囲図から消し去った。
 列強の1つ、織田家は順調に「信長の野望」を進行中だったが、出る杭は打たれるもの。織田以外の大名による「織田撲滅キャンペーン」の発動によって一転、滅亡のピンチを迎える。
 だが、織田家には、まだ「電忍」と呼ばれる改良鉄甲兵を操る忍者軍団「白牙忍軍」の戦力が温存してあった。白牙忍軍は織田撲滅キャンペーンの魔の手を打ち砕く事ができるのか!? というお話。ちなみに白牙忍軍は1面で、旗機であるアレスタを除いて全滅します。だめじゃん。
 各電忍のデザインは面白いし、近年明らかになった資料を見てみるとゲーム内での再現性も高い。戦国期の和風メカとして上手いこと考えられている。(「亀甲王」てのはあんまりだと思うが)「天魔の羅刹兵」なんか目じゃないよ。あんましSTGには関係ないけどな。う〜ん、今回あんまし誉めてねーなー。あらゆる点で及第は超えているが、特筆して誉める美点が少ないのが、あんまし受けなかった所以でござるな。ニンとも、カンとも。
 ただ「電忍」の美点にどの面からコンテニューしても何とかなるバランスがある。後半の土佐や安芸、対火竜戦なんかはまともにやるより緊迫感がある。オプション「太狼丸」、「次狼丸」の使い方がものをいうのじゃ。でも、もうできない(泣)。年はとりたくないもんじゃのう。
 よく知られていることだが、「電忍」には、プリン大好き(拙者もじゃ。3食プリンでもいい)の開発者が仕込んだ「パワーアップアイテムがプッチンプリンになる」裏技がある。このプリンは見た目バカバカしいだけでなく、画面内での認識のしやすさや(おそらく)判定も大きくなるので難易度が数段易しくなる。勝ちを狙うならば、プリンは必須アイテムだ。忍たる者、目的のためには手段は選ばずでござるよ、ニンニン。 

00/06/22  代


で、結局、「スチーム・ハーツ」って何?

スチーム・ハーツ /TGL /サターン /シューティング
 世の中、ちょっとやそっとの事ではへこたれずに自分の信念を貫くチャレンジャーは、少なからず存在するもので、ゲーム機としては貧弱なスペック(仕方がない話だが)しか無いPC−98でアクション系ゲームを作り続けたエライ人たちがいる。そのうちの1つがTGLのブランド、戯画だ。彼らがチャレンジャーだったのかスペランカーだったのかは、後世の歴史家の判断に任せるとして、「スチーム・ハーツ」は彼らが94年に発売したパソコン用縦スクロールエロSTGである。
 人工生命体エンブリオの惑星ウェスティナ。この星は「クァン型浸透性ウィルス」に侵されつつあった。惑星管理を司るマスターエンブリオたちは暴走し、ウェスティナは交配、じゃなくて荒廃の一途を辿っていた。
 抗体を先天的に持ち合わせたアウトローのエンブリオ、ブロゥ(オス)とファラ(メス)は他の個体に抗体を移植(サターン版は「照射」。ん〜、微妙、微妙)する技術を開発し、マスターエンブリオに襲いかかる。マスターエンブリオたちは2人の強姦魔から逃れる事が出来るのか!? ありゃ? なんか違う?
 で、サターン版は、そのアレンジ移植。より正確にはパソコン版のアレンジ移植であるPCエンジン版のアレンジ移植。グラフィックや敵アルゴリズムは全て作りなおされ、ストーリーと面構成以外は別物である。ちなみにサターン版は当初はポリゴンのハーフトップビューSTGだったが結局、通常の縦スクロールSTGになった。英断とはこういう事を言う。人間、できない事はやるもんじゃない(ありゃ、チャレンジャー云々はどうした?)。
 サターン末期のゲームなので、それまでに出たいろいろなSTGの要素をパクリ……、ゴホン、ゴホン、よく研究している。サブウェポンの1つ「ライトニング」は、「レイディアントソード」の欠点を無くして、「フリーレンジ」の長所を持つ逸品だ。大ザコ級の敵が爆発する時は、内部から炎ではなく光が溢れて、ガゴーンッと金属的なSEが鳴る。一応、高度差が存在し、地上からの敵弾は拡大しながら上ってくる。(一部の弾まで含む)自機や敵機のしっかりとした影の描写など、演出の小技も光っている。
 サターン版は、とにかくザコがワンさとやって来て、山のように弾を吐く。が、弾除け主体のゲームではなく、こっちも凶悪なサブウェポンを駆使して敵を蹴散らしていく。3つまでストック可能なサブウェポンは、どれもサービス満点の強力武装で、さらに武装を破棄する事で一時的なパワーアップをする。「悪魔城ドラキュラX」のアイテムクラッシュのようなものだ。そのうえ次から次へと出てくる。種類も豊富なので、使っていて飽きない。唯一の欠点は強力過ぎるのでボスに絶対に負けない事だ。そう、サターン版はボスがザコより弱いのだ! まぁ、数百機の敵を蹴散らしてきた者が、いくら大型とはいえ、たった1機に負けるわきゃないので、ある意味、ものすごーくリアルと言えよう。
 もとがエロゲーなので面ごとに、ボスキャラ(のパイロット)に抗体を移植(いや、注射か? キャー、お下品。しかし、ものは言いようよな)するデモが入るがサターンがX指定を止めた後のゲームなので、蛇の生殺し状態である。ただし、声はきちんと入っているので心の眼で見れば問題ない(何が?)。いいかげん、「乳首隠せばOK」というのはよしなさい。そっちの方が不自然だ。実はPCエンジン版の方が露出度が高い(展開は全く同じ)。名前を伏せてあるので確証はないが、声優陣はけっこう豪華と思われる。ファンの人は辛抱たまらんであろう(?)。
 また、「僕はまだ充分に生きちゃいないんだぁー!」とか「人は変わってゆける」など、トミノ節の台詞回しが多い。これを広い心で笑って許せるか否かが、このゲームを楽しめるか否かの分かれ目かもしれん。
 あと見所として、5面の地上にいる牛がある。撃つと泣くんだよ、こいつら。ドナドナ〜。

00/06/20  代


ずっといっしょ(強制)

ずっといっしょ /東芝EMI /プレイステーション /恋愛シミュレーション
 恋愛シミュレーションにも色々なパターンがあるが、その中で「同棲」を取り扱ったのがこれ「ずっといっしょ」。まあ可愛い女の子と同棲と言うのは男の願望の一つで、18禁辺りでは結構ポピュラーだったが、家庭用ゲーム機にも受けを狙って発売された。(「ルームメイト」とかいうのもあったな)
 オープニングはお約束なのか各女の子が登場して、何故か踊っている。だが某ゲームの『暗黒太極拳』と比べれば、遙かに良い出来だ。マルチメディア展開を念頭に置いていたらしくて、かなり寒いラジオ番組を初めとして、小説、トレーディングカード等が同時に発売された。だが肝心のゲーム自体の売れ行きは思わしくなかった。理由は簡単、ゲームの宣伝活動が小さかったからなのだ。それに同時期にコナミの期待のギャルゲーの発売もあったし。いやまさかコナミが裏で手を……(^^; まあ、ギャルゲー過多の時期でもあったしなあ。ただ一部では結構受けていたらしく、発売されてから一年後にファンCDが出たりなどしていた。

 同棲する女の子は3人から選べる。女王様・純情派・ボーイッシュの3タイプ。同棲理由は「家出して」「不動産業者の手違い」「幼なじみ」。最後のは分からんでもないが、前の二つは年頃の女の子が一年間、他人と同棲する理由としてはかなり無理があるのでは無いかにゃあ? 付き合う女の子は他にも選べるが、同棲相手を放って置いてそちらに走るのもどうかにゃあ? 高校生同士なので勿論、同棲がバレれば過酷な現実が待っている。
 システムは「ときめきメモリアル」と似た様な感じで、自分自身の能力値を高めつつ相手の好感度を上げて一年を過ごす。その後に告白タイム! オリジナリティとしては「トライエモーションシステム」という物。各キャラには喜怒哀3種の感情度が存在し、それがゲージ一杯貯まると好感度レベルアップイベントが発生。制限時間付き3択科白なのだが、場合によっては好感度が一気に最低になってしまう非情なシステム。慌てやすい私は思わずボタンを押す指が震えてしまった。そして最低のまま1ヶ月過ぎると同棲を”チクられ”る。当然、退学でゲームオーバー。同性の友人にも好感度が有りやはり同様。お、お前、本当に友人なのか!?

 このゲームには一応ライバルが存在し、容姿端麗・成績優秀・バスケの天才ときている。主人公の同棲相手が好きな様だが、何故か主人公を”ライバル”として、一年間猶予を与えてくれる。いますぐ告白すれば、絶対こいつの勝ちなのだが……。その上、他のキャラとの関係を示唆してくれる上に、好感度がヤバい相手は仲直りさせてくれるのだ。これで何度「退学」から救われた事か……。家事を押しつける同棲相手や、人間関係に目を光らせている異性・同性の友人と比べると、嗚呼、なんて良い人なんだ〜(TT
 す、好きだ〜! 俺と付き合ってくれ!!(……ってヤバいな(^^;)

00/06/19  鳴神


『四分円』の物語

クアドラント /インスパイア / WIN95(18禁) /アドベンチャー
  こことは違う場所。こことは違う時代。
  近代の欧州にも見えるが、
  あるいはまったく別の世界なのかもしれない。

 数ヶ月前に発売された『ONE』がLEAFの対抗馬として認識されて始めたころ。ゲーム売り場の片隅、CDサイズのゲーム売り場にこのゲームはひっそりと置いてあった。
 淡い色使いと柔らかい線を特徴とする絵からは、郷愁のようなものを感じた。だが、実際にパッケージ書かれているCGは淫靡で背徳的だった。

  その書簡は彼らを自分の館に招待するものだった。
  そして初夏……、姉弟は久しい叔父のもとを訪ねるが、
  そこに彼の姿ははなく、
  貴い血を引く美しい女性と、心を閉ざした幼い侍女が二人を迎える。

 この話に主人公はいない。あえて言うなら四人の登場人物すべてが主人公となる。そして物語は館の中で展開される。この館の中ではいくつかの出来事が起こる可能性があり、それらの可能性はプレイヤーが見ることで現実になる。プレイヤーはどの出来事を見るかで、彼ら四人の運命と未来を決めることになる。

  かつては領主の城の離宮だった館。
  だが「革命」によって他のすべてが無くなった今、
  この館こそが新たな「主」の城だった。

 選択画面では館の見取り図が示され、その中で何かが起こる可能性のある部屋にマーカーが付く。
 この館の見取り図というのが少し変わっていて、例えて言うなら「人形の家」と言った所か。古いアンティークショップの片隅に置かれて、オルゴールの音色に合わせて人形が踊っている。そんな情景が似合いそうな。
 館は三階建てだが三階の部屋を見たければ三階の部分をクリックする。すると屋根の部分がどいて三階が見えるようになる。同様に二階をクリックすると三階が、一階をクリックすると二階がどく。それは実際に「人形の家」の屋根を自分の手ではずしているような気分になる。そして何かが起きる可能性のある部屋を示すマーカーは本の形で示される。この物語の中で重要な役割をはたすある本の……。

  主のいない館の中で、姉弟は想像さえしなかった淫蕩の日々を過ごす。
  快楽、倒錯、被虐。
  だがそれも確かに愛の形だった。

 同時に示される本のマーカーは1〜2ヶ所。複雑な部分もあるが、二択のくり返しで分岐していく。起きる出来事は、普段は会話の形で表現されるが、重要な部分ではノベル形式になる。先にも書いたがこの物語に特定の主人公はいない。それを明示するかのようにこのノベルも三人称で書かれる。これはアドベンチャーゲームとしては異例で、ビジュアルノベルというものとも異なる。

 「例えば今まで家族だと思っていた人が赤の他人だったり。
  逆に他人だと思っていた人と血がつながっていたり。
  そう言ったことってあるでしょ」

  その本は彼女のためにだけ書かれたものだった。
  彼女は思う。
  丁寧になめされた裏表紙を閉じたとき、
  はたして自分には何が残っているのだろう。

 「わたくしは誰も愛することができないのでしょうか」

 このゲームはマルチエンディングで、ノベルの部分のうちどれを見たか、あるいは見なかったかで、六つのエンディングのいずれかにたどり着く。どれが正しいエンディングか。それは私にも判らない。なぜならそれはこの物語を解いた一人一人が判断することだから。

  優雅で美しく、
  淫靡で背徳的、
  そして、優しく、切ない。
  これはそんな物語。

00/06/18  東


殴った、殴った、さらに殴った

超鋼戦紀キカイオー /カプコン /ドリームキャスト /アクション
 巨大ロボット。あぁ、なんて甘美な響き。ワシら、年寄りを魅了して止まない夢の翼。どっかの奇特な宇宙人が一台、俺にプレゼントしてくれないもんだろうか? もちろん正義のために使いますよ。とりあえずクタラキーでも踏み潰そうか(注、正義ではない)。
 ところが、世知辛い事に現実には巨大ロボなど存在せん。しかたがないから、ゲームで楽しくファンタジーの海にダイビングするのだが、ロボゲーってヤツはこれが結構むずかしい。なんせ、人が「ロボ」に抱く魅力は千差万別。まさに群盲、象を撫でる状態。例えばヒーロー色を強めれば、ミリタリズムが追い付かない。よってそれぞれのゲームで追求すべきポイントに的を絞るが、それは客を選ぶことに直結する。全ての人が満足するロボゲーには、いまだお目にかかった事がない。
 カプコンの「超鋼戦紀キカイオー」もそうだ。河森正治(このオジサンのゲーム業界に対する功績と害悪については、そりゃもういろいろと言いたい事があるが今回は無しだ)監修のロボット対戦格闘である本作は、スーパーロボットからミリタリー系などの複数タイプのロボが一同に会するポリシー無しの闇鍋ACTである。個々のロボットを主人公にしたストーリーに無理やり、その他のロボットを登場させてゲームを進行させていく。しかし、実は「キカイオー」のロボゲーとしての魅力は必ずしも、複数ストーリーにあるわけではない。僅かな台詞のやり取りだけでシナリオを進行させる力量はすばらしいが、一番面白いのが魔法少女の暴走物語で、逆に「ガンダム」を意識したシナリオが一番つまらんのでは問題があるだろう。つまり、複数ロボによるクロスオーバーという時点で、既に持ち味を生かせるロボットの種類は限定されてしまうのだ。
 では、「キカイオー」のロボゲーとしての魅力は何処にあるか? それは「最終的な攻撃の破壊力」にある。問答無用でゴインゴインとぶん殴って、ゲージを貯めて超必殺技をぶち当てて。大味なゲームと言う人もいる。だが、よいではないか、よいではないか。だって巨大ロボなんだぜ? ちまちま小技を繋げて戦うようなせこい真似は似合わない。それは人間様の特権だ。どんなジャンルのロボであれ、鋼の塊には違いない。力はパワーなのだ。唸る鉄拳、パンチ、パンチ、パンチ。巨体が唸るぞ、空飛ぶぞ。無敵の力は僕らのためにぃ! 
 最終ラウンドでは、敵のライフゲージが3分の2程度になると、とどめの超々必殺技が使用できる。「くたばりゃーっ!」と、パイロットのテンパッった顔のカットインが入って、技が決まればそのままKOだ。そう、「必ず殺す技」だから、必殺技って言うんだよな。よって、「キカイオー」の正しい遊び方は1ラウンド制にして、徹底的に殴る蹴る、強化必殺技、とどめ、である。細かい駆け引きは無用。力の限りぶちかまし、力の限りぶちかえす。生き残ったヤツの勝ちだ。全ロボでクリアする頃には、もうしばらく遊ばなくていいと思うであろう。なぬ、それは「飽き」だって? いや、こういうのは「満腹」というのだよ。お腹がすいたら、また食べられるさ。
 ただ、このゲーム、実に目に悪いんだよなー。てんかん騒ぎなど、何処吹く風。無駄に豪快な点滅エフェクトの嵐。ゲーム中盤で目が痛くなったのは「シルエット・ミラージュ」以来じゃよー。
 そういや、河森正治とカプコンでは「キカイオー」開発の話について、それぞれ違う事を言っている(双方、自分に主導権があったと主張)。どっちが正しいんじゃろうか? 事情通の方、情報求む。それとも、やっぱこういう時は「漁夫の利でクワトロ・バジーナ」か。

00/06/17  代


さらば、業者王

クライシスフォース /コナミ /ファミコン /シューティング
 最近、かのように何かと評判が悪いコナミであるが、昔はマニアからも愛されたメーカーであった。なんせ、悪事を働く時はバレないようにやっていたから。もっとも、コナミも幾多の危機を、謎の神風によってのりきった奇跡の業者王。調子がいい時に勝利のためにあらゆる手を取る気持ちもわからんでもない。そう、人は辛い事を経験したからといって、そのぶん他人に優しくなれるなんて事はないのだ。
 さて、今のコナミからはもう絶対に作られないタイプのゲームの1つが、「クライシスフォース」だ。ファミコン末期の表の秀作STGである(裏は「暴れん坊天狗」か)。
 時は現代。ある日、突然復活した古代国家アトランティス。よくわからんが、とにかくその魔の手が日本に及ぶ。都内某高校(きらめき高校?)に通う双子の兄妹、アスカとマヤ(声、宮村優子、長沢美樹というのは全くの嘘です)は、アトランティスの襲撃で両親がくたばる寸前に、自分たちが実はムー帝国の生き残りである事を知らされる。17年前、ムー帝国の超兵器オーラウイングの生命維持装置に赤ん坊の2人が入っていたのを発見した古代遺跡研究家の両親がガメたのである。アスカとマヤはオーラウイングを持ち出して、アトランティスに殴り込みをかけるのだが……、というお話。「ゴッドマーズ」と「のび太と海底鬼岩城」を足したような感じ?
 ゲームは二人同時プレイ可能な縦スクロールSTG。3形態(それぞれ前、後、横に火力を集中し、形態ごとにボンバーが異なる)に変形可能な自機を駆って全7面を戦う。パワーアップは通常弾を強化するタイプとサブショットを強化するタイプのアイテムを選択して取得する。それと禁断の兄妹合体もあります。えぇ、ありますとも。あとコナミコマンドもな。
 ストーリーといい、ゲームの雰囲気といい、ゲーム機が子供の夢の宝箱だった頃とデジタルエンターテインメントを意識し始める頃の折衷といった感じが強い。ファミコン末期という時期だからこそ現れた時代の徒花というべきか。グラフィックはファミコンにしてはかなりレベルが高い(色数だけはなんともならんが)。そりゃ群がる敵機をなぎ倒しーとか、降り注ぐ弾幕をすり抜けーみたいなSTGではない。今日のSTG価値観とはそぐわないゲームだ。が、ファミリーコンピューターというハードで製作される縦STGとして、トータル的な完成を見たゲームだと思う。「ザナック」とか「烈火」には手が出ないオールドタイプの人でも、安心して最後まで遊べるであろう。
 一応、難易度によってエンディングCGの枚数が変わる(こういうのはマルチエンドとは言わんと思うぞ、コナミよ)。ハードでクリアすると東京湾に沈んだ一面ボスの腕が……、つー感じで続編を作ってもいいように伏線を貼っていたが、やはり続編なんか出なかった。いっそ来年で10周年だから、「クライシスフォースヤッホー」でも作らんか?
 おっと、今回は攻略でも書いてみるか。
・サイドオフェンサー形態だけで戦う
・アイテムはサブショットだけを集中して取る
・ボスにあったらボンバーだ
・気合で避けろ
・ノーミスで進め
・こんな所でやられているようでは話にならないぞ
 ゲーメスト的にはこんなもんだな、うん。でも全パターンのエンディングを見るためには、全形態でクリアしなきゃいけないんだけどな。

00/06/16  代

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